クラフトドール出現
「……仕方がないか」
諦めと共に呟く。
何もやる気が起こらなかった。
だがそれが図らずも良い方向に働いた。
世の中何が起こるか分からないし、何が役に立つかも分からないものだ。
こういうのをなんと言うんだったか。塞翁が馬、か。
クラフトドールのスーツを処分していなくて良かった。
処分する気すら起こらなくて、本当に良かった。
だから今使うことが出来る。
「重いな」
その重量に、思わず言葉が漏れる。
この一ヶ月間、ひょっとしたら「箸より重いものを持ったことがない」を実践していたかもしれないと思うほど、動きもしなかったし活動していなかった。
元々無かった筋肉も、すっかり衰えているんだろうなぁ。
そもそもなんで僕は、これを着る羽目になっているんだろう。
何が起こっているやら分からない。
どうしてこんなことになっているのか、さっき僕が見たものは現実なのか。疑問は尽きない。
混乱したままではあるが、意外にも頭は冷静だ。
分厚い金属製の機械装甲は重い。
その重みは吹けば飛ぶような軽い存在を、かろうじてこの世に留めてくれるようだ。
枷のようなそれが、ふわふわと浮いた何かをどっしりとこの世に繋ぎ止めてくれる。
意義のないものに意義を与えてくれる。
……いや、そんな虫のいい話はないか。
やはり思考が散乱している。
意味の無い言葉がつらつらと流れる。
それを自覚する程度には冷静だけれど。
いや、そんな思考が同居していることがもはや混乱か?
最後にマスクを被ると、視界が一気に狭くなった。
あー、これはいい。
余計なものが見えなくて安心する。
最高級の自分の殻と色メガネだ。自嘲。
あー、気持ち悪い考え方をしているなぁ。
さて、行くか。
偽物のヒーローは、表面的な装甲のみ本物のような顔をして、家を飛び出す。
本物に、妹に気が付かれないように。
語るだけならば悲壮なようだが、その実やっていることは全てが道化だ。
滑稽で、愚かで。
そして救いのない戦いが始まろうとしている。
クラフトドールのスーツは、案外あっさりと着られてしまった。
僕もカミナもそれぞれ男女の平均程度の身長だが、クラフトドールのスーツにはあまり関係がない。
そもそもこの装甲は、一枚の鉄板で構成されている鎧ようなものではなく、小さなパーツをパズルのように組み合わせて作ったものである。
これは元々サイズどうこうというよりも、可動域を増やし、動きやすくするための構造上の工夫だった。
だがしかし、装甲同士の隙間が広がることで、僕が着用しても問題なく動けるという意図の埒外の副産物を得ることが出来た。
まあ、同じ構造のアンチドールを僕が問題なく着用できたので、意外性は特にない。
性別を悟られないために、身長をごまかす厚底の仕掛けがブーツに仕込んでいたが、それだけは外しておく。これでクラフトドールの見かけの身長はカミナが着用していた時と大体同じになった。
知らない人間が見れば気が付かないであろう、偽クラフトドールの完成である。
開発者が偽物とは滑稽な話だが。
とはいえ、カミナは空手をしていたし、クラフトドールの動きもそれがベースだったからなぁ。
動きでバレる可能性もあるな。
しかしまあ、さして大きな問題もないだろう。バレないに越したことはないけれど。
怪人を倒すヒーローがいる。このことが大事なのだから。
偽物ヒーローとして、外の世界に降り立つ。
日付の感覚が薄れてしまって、今が何月なのかもいまいちわかっていない。
スーツの中は快適に過ごせるように開発した為に、暑くも寒くもない。季節感など全くない。
空には妙に分厚い雲がかかっていて、不気味な空模様と言ったところ。
ドラマチックな演出だなぁ。
スーツの中では湿気も何も感じないので、映像の向こう側みたいだ。
とりあえず怪人が出現した現場に向かおう。
機械のアシストもあって、かなり速く走ることができる。
その割に疲労感はほぼなく、汗もかいていない。
試験は様々にしていたが、これも実体験を伴う成果だ。スーツの着用において、カミナに不快な思いをさせていたことはなかったらしい。
罪滅ぼしのつもりなのかなんなのか、小さくそんなことに安堵する。
このペースでいけば、現場までは五分ほどか。
その間は走ることに集中していよう。
余計なことを考えないように。
少しでも楽でいられるように。
足と腕を大きく振りながら走る。
体は跳ねるように軽く動き、自分のいる位相が大幅に動く。
しかし、風は感じない。不思議な感覚だ。
スーツの重量と靴底の硬質さのために、アスファルトにぶつかる脚が大袈裟に音を立てる。
あちこちで装甲がぶつかり合う音がする。
それら全てをどこか心地よく思いながら、なおも体を動かし続ける。
コンクリートを破壊する音や、人間の叫び声が聞こえてくる。
目の前に映画の中のような破壊的な光景が広がる。
テレビの画面越しに見た異形の存在が、確かに目の前に現れる。
信じたくなかった現実を、改めて突きつけられる。
そして、その現実を打ち破るために。
力で押し潰してやるために。
まずはその頭に一発、走ってきた勢いのまま、慣れない鉄拳を繰り出した。
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