兄妹喧嘩

 どうして、アンチドールが僕だと分かったんだ?


「待て、カミナ。何を言ってるんだ。僕は部屋にいるぞ?」

『……嘘つき』

「へ?」

『もう帰って来ないって、手紙に書いてたでしょ!!!』


 な、なんだと?

 まさか、もう手紙を読んだのか?

 何故……。


 そこまで考えた時に、一つの可能性が思い当たる。


 時間がズレたからか。


 どういう経緯かは分からないが、僕が場所を選び直すために時間をかけていたその間に、本来この戦いが終わってから読まれるはずだった手紙が見つかってしまった、と。

 どうやらそんな所だろうか。

 ああ、そうか。だから最初から何か調子がおかしかったんだ。

 ずっと落ち込んでいたが、それだけではなかった。


 僕としたことが、そんな簡単なことを見落とすなんて。

 目の前のクラフトドールの姿は震えている。


『こんなところで何をしてるの。どうしてこんなことをしてるの!?』

「いや、その」

 ダメだ、何を言えばいい?

 どうすればいい?


 もうとぼけるのは無理か。無理だな。

 まずいぞ、納得して貰えるような説明なんか何も。

 表情など無いはずのクラフトドールの目が、僕を睨みつけているように見える。


『私、どうしたらいいの……』


 そんな声とともに力なく落ちてきた拳は、僕の左頬を大幅に外れて、砕けたアスファルトの上にそっと置かれた。

 その拳もまた震えていて、鉄拳がアスファルトに細かに打ち付けられてコトコトと音を立てるのが、すぐ近くから聞こえる。


「カミナ……」

『ちゃんと帰ってきて。ちゃんと全部話して』


 さっきまでとは打って変わって、力強く告げられ、僕は思わず頷いてしまった。

 怪人のマスクを被ったまま。

 アンチドールの正体を、目の前で露呈させてしまった。いや、今更だろう。


 そっと立ち上がったクラフトドールは、そのまま素早く立ち去ってしまう。いつものように、正体がバレない場所で変身を解除して帰るのだろう。

 僕も同じように帰らなくては。


 帰るのか、このまま。

 あー……。

 どの面下げて帰ればいいんだ。


 アスファルトに着いたままの背中が、じんわりと熱くなっていくのを感じる。疲労感なのか何なのか、全身がグッタリとして力が入らない。

 立ち上がる気力すら湧いてこない。

 ここでこのまま、死ぬつもりだったし。


 家ではカミナが待っている。

 妹が待っている家にこんなに帰りたくないのは初めてだ。

 帰りたくはないが、帰らざるを得ないだろう。

 僕のせいで人がいなくなった交差点と、僕が破壊した車たちを眺めてため息をつく。


 ここまでしておいて当初の目標を達成できていないのだから、さすがに多少申し訳ない気持ちになる。

 人はいない。が、無人の固定カメラなどもどこかにはあるだろうからこの戦闘の様子や決着もきっとニュースやどこかで広められることになるだろう。


 アンチドールの出現情報自体はもう拡散しきっていることだろうし。

 クラフトドールは怪人を滅することが出来なかった。

 その後始末は……今はどうも考える気が起こらないな。町がどうなるかとか、人の不安がどうなるかとか。そんなことよりもまずは個人の危機の解決からだ。


 渋々ながらも帰る決断をして、立ち上がろうと腕に力を込めたところで、肩に痛みが走る。

 慣れない現象に自動で体が反応し、スッと全身から力が抜ける。


 あー、そうだった。

 痛いなぁ。

 この痛みや、目標達成ができていない絶望や、これから起こるであろうカミナとのやり取りを想像すると、どうにも。

 それらを言い訳に、もう立ち上がらなくてもいいんじゃないかという気分にすらなってくる。


 この期に及んで絶対に帰らなければならないということもないだろうし。

 帰ってもろくな結末になることが想像できないし。


 ああ、でもこのままここにいて人に見つかっても困るなぁ。

 兎にも角にも、ここからは立ち去らざるを得ないのか。自爆出来るならそれもアリかもしれないが、さすがにそんな機能は詰め込んでいないし。

 クラフトドールに爆殺されるべしと思っていたが、いざという時に自爆できるようにしておけばよかったのだ。急拵えだと本当に、馬鹿な抜けが多い。

 間抜けだ。


 間抜けなので、自分の甘さが招いた現実を甘んじて受け入れなければなるまい。

 やむにやまれぬ覚悟と決断で、僕は立ち上がることにする。

 痛みをこらえながらゆっくり、ゆっくりと全身に力を込める。ふらつきながらもなんとか立ち上がることが出来た。


 しかし、あまり動ける気がしない。ノロノロと歩いて変身解除なんてしたら誰かに見つかってしまいそうだ。

 見つからないように去るってのは意外と大変なものだ。

 それをずっと妹に強いていたのだけれど。


 そういう自分への失望も含めて、色々な気力が根こそぎ持っていかれる。

 いいや、出来るだけさっさと帰ろう。


 これ難い痛みをなんとかこらえながら無理に走り出す。

 走っているうちに痛みは感じなくなる。

 というよりも、感じている痛みに気が付かないように頭の奥を麻痺させる。


 動きの鈍かった足は、徐々に速度を増していった。

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