兄として
『うあああああああ!!!!』
目の前にいるカミナの渾身の雄叫びが、通信機越しに耳に届く。
クラフトドールのスーツの方も、外向きのスピーカーが切られ、通信機がオンになっているからだ。
クラフトドールの正拳突きをすんでのところで躱し、突き出された右腕を蹴り上げる。
さあ、これで多少なりと動揺するはずだから。
その隙を狙って、上がったままの足でかかと落とし。
一瞬で身を引かれたために装甲を少し掠めるに留まるが、反撃が飛んでくることもなく、素早く体勢を立て直すことが出来た。
さあ、しかし体勢を立て直してからが問題だ。
最終的には負ける訳だが、善戦はしなければならない。
負け方の演出も考えながらとなると、頑張って勝つよりも難しい。
『なんとかならないかな。アイツ、かなり戦いづらい』
カミナから通信で助けを求められる。
カミナ側からヘルプを送ってくるのは久しぶりだ。それだけ苦戦しているのだろう。ということは善戦できている。
まあ戦いづらいのは当然だ。誰よりもクラフトドールの戦い方を理解しているのだから、単純にスーツの性能が高いよりも強敵足りうるはずだ。
「そうだな。どうも動きが読まれている。周りの車に隠れたりして撹乱を狙ってみるか?」
決戦の舞台となっている交差点の周囲には、僕が破壊した車や乗り捨てられた車がいくつも置かれている。
その傍には信号機があり、誰も見るものがいないのに赤や青の光を順番に灯し続けていた。
『なるほど、それで不意打ちだね』
「どうなるか分からんが、やれるだけやってみよう」
実際、それはアンチドールとして戦う上で、相手に取って欲しくない戦法だった。
大きな交差点で大騒ぎを起こしたものだから、周囲に放置された車は十や二十ではきかない。身体能力的に僕よりもずっと素早いクラフトドールが車の影から影に飛び移るとなると、敵の位置の探索をほぼ視界に頼っている僕はかなり苦戦を強いられるだろう。
そうして敵の弱点を突いてなんとか勝つ。
クラフトドール最後の戦いとしてはまずまずではなかろうか。
ここで決着をつけよう。
僕の助言の通り、クラフトドールは近くにあった白い軽自動車の影に隠れる。
さあ、どう対応するべきか。
クラフトドールを倒す為ではない。最悪の敵役を演じるためにどうするか。
まずは、車をどけてしまおう。
車体の下に手を突っ込んで振り上げると、巨大な機会の塊はその重量を感じさせないほどふわりと浮き上がる。
おかげでその後ろを見通すことができたが、既にヒーローの姿はそこにはなかった。
思っていたよりも素早いな。
周囲を見回すうちに、浮き上がっていた自動車が地面に落ちて轟音を立てながら潰れた。
その音に混じって、右側から地面を蹴る硬質な音。
振り向いた先には黒いファミリーカーがあり、付近に三台ほど他の車があるために、どこへ移動したのか判然としない。
どうやって探したものかと思案していると、不意に上方から注いでいた陽光が途切れた。
まさか!!
上を向いた瞬間、左のこめかみに衝撃が走った。
上か!!
地面を蹴る音は車の後ろではなく、上空に移動するための跳躍の音だった。そして、クラフトドールを見失っていた僕はまんまと騙されて飛び蹴りを食らった。
「うおっ!?」
予想外の攻撃に、思わず声が漏れる。
『大丈夫!? 何かあった!?』
「あ、いや、大丈夫だ。ちょっと部屋に虫がな……」
しまった、通信機が繋がったままだ。
虫などに一々驚いたりはしないが、こうとでも言って誤魔化すしかないだろう。
「気にせず、戦いに集中しておいてくれ」
急いで距離を取り、車の影に隠れながら通信機のマイクを切る。今後は呼びかけられた時だけマイクをオンにしよう。そろそろ息も上がってきそうだし。
僕の心配をしていたためか、カミナの動きが鈍っていたので助かった。
慎重に、と思いながら周囲の音を聞く。
こちらに近付いてくる足音は無し。
動きを止めて様子見をしている?
いや、違うか。しかし足音を殺す手段があったろうか?
僕が思いつかないような何かが?
不可解な状況ではあるが、まずは行動を起こしてみよう。
僕の姿を隠してくれていた目の前のシルバーの車を、大砲を撃ち出すようなつもりで、全力で前に押し出す。その砲弾は本来持っている移動用の足たるタイヤを生かすことも出来ず、車体全体で転がって行った。
そして目標の相手に命中した様子もなく、向かい側の車にぶつかって大破した。
さあ、ヒーローはどこへ行った?
周囲を見回しながら、念の為上方もチラリと見やる。
影は無し。
さて、妹はどこへ消えた?
幼い頃、公園で迷子になったカミナを探していたことを思い出す。
いや、今はそんな場合ではない。
またもや近くの車を蹴り飛ばす。
気配がない。足音もしない。
またしても昔の光景が脳裏に蘇る。あの時は、カミナの泣き声が聞こえてきたから見つけられたんだ。
今はその泣き声すら聞こえて来ない。
そんなことを考えながら呆然と車から立ち上る煙を眺めていた。
緊張が一瞬途切れ、だから気がつくことが出来なかった。
次の瞬間、腰に重い衝撃が走った。
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