ヒーローとして

 待ちわびていたヒーローがとうとうやって来た。


「今すぐ止まれ、怪人」

 聞きなれたはずのクラフトドールの低い声。

 しかし目の前で向かい合っていると、初めて聞くような違和感を強く覚える。


 交差点の向こう側。

 ボロボロになった車たちの間から確かに見える、よくよく見慣れた見慣れたその姿。

 しかし怪人として立ち会うと、ヒーローの勇姿は凛々しくも恐ろしい。

 少々の感動と寂しさ。

 それらと向き合っている自分の心と向き合うことが悲しい。


 いよいよ、戦いが始まる。

 僕は最愛の妹と本気で……少なくとも表面上は、本気で戦わなければならない。

 最終的にはわざと負けるのだが、幼い頃の兄妹喧嘩やごっこ遊びとは訳が違う。


『お前、なんだその姿は?』


 接近してきたクラフトドールが、落ち着いた声音で問いかけてくる。

 当然の疑問だろう。

 何せいつもの怪人とは違い、アンチドールの形状そのままに黒く彩色されたその外見は、いつもの怪人とは全く違う。


 カミナ自身の心の状態によるものか、事態の異様さによるものか、今日のクラフトドールはいやに静かだ。


『俺の名はアンチドール。貴様を抹殺する為に作られた』


 という設定。


『アンチドール?』

「そう。対抗するためにお前の戦闘データを使わせてもらった」


 これは事実。


「あの、パル・パトとかいう奴か」


 おお、その設定覚えていたのか。まあクラフトドールは何度も目の前で会っているからな。


『彼には退場してもらったがね。今は俺が怪人の首領だ』


 声が震えてはいないだろうか。

 核心となるセリフを発するが、ふとそんなことが不安になる。


 知らない人間の振りをして、嘘をつき続ける。

 全く茶番だと自分でも思い、どうにも耐え難いむず痒さに襲われるが、これも必要な過程なのだ。適当に終わらせることもできない。


『怪人を生み出しているのも、お前か?』

「まあそうだな」

『じゃあ、お前が消えれば全ての怪人は消えるんだな?』


 なんと。

 以前に「怪人を根絶するには、怪人を作り出している親玉を倒すしかないだろう」などと吹き込んだことはあったが、それをしっかり覚えていたのか。


 最も引き出したかった言葉が、都合よくいとも容易く出てきたことに多少驚きながらも、やはり都合がいいので乗っかっておく。


「さあ、どうだろうな。倒して確かめてみたらどうだ?」


 その通りだとハッキリ肯定はできない。

 しかし暗に肯定していることに、なんとか気づいて貰えるだろう。


『そうか』


 クラフトドールはしばらく俯き、沈黙していた。

 たっぷり数十秒の膠着に、落ち着かずに僕が半身を引いた時、唐突にヒーローは顔を上げた。


『……ありがたい』


 小さく呟いた声が何とか聞き取れるのとほぼ同時に、地面を蹴る硬質な音。

 そして……。


「うぐぅ!?」


 勢いの着いた飛び膝蹴りが僕の腹部に叩き込まれた。

 スーツの装甲で衝撃が緩和されるとはいえ、肋骨の端を折らんとばかりに体内へとめり込ませ、内蔵全てに鈍い熱と嗚咽感が響く。


 これが、戦うということか。

 これが痛みか。

 そうか、僕はずっとこんなことをカミナにさせていたのだ。


 しかしそんな後悔や反省や感傷に浸るような暇は一切ない。

 頭をよぎる思考を無理矢理に打ち消しながら、一旦距離を取る。


「不意打ちとは、結構なことじゃないか」


 さて、どう戦うか。

 あまりにあっさり倒されてしまっても、怪人の首領だというのがフカシだと思われて終わるだけだろう。

 そこらの怪人よりは善戦しなければ。

 スーツのスペック的には可能なはずだが、悲しいかな中に入る僕のスペックがやや追いついていない。


 クラフトドールの動きが速すぎて反応が追いつかないぞ。

 いやしかし、ここで少しでも余裕をアピールしておかなければ。


 そう思った瞬間には、目の前に拳がある。

 なんとか反応が間に合い、首を横にずらすことで鉄の塊を避ける。マスク越しに、風を切る音が耳に届いた。


 さて、パンチを躱して一安心、という訳にはいかない。

 いつものパターンなら。


『!?』


 予想通り飛んできた中段蹴りを腕で弾くと、攻撃を先読みされたことに驚いたのだろう。息を飲むのがスーツ越しの僅かな動きから分かった。


「お前の戦闘パターンは全て分かっているんだよ」

 ずっと見守ってきたからな。


 しかしそんな言葉は意にも介さず、クラフトドールは攻撃を続ける。

 右、左、右。パンチ、パンチ、キック。

 怒涛のラッシュを、それでも紙一重で避け続け、一瞬の隙を突いて掌底を繰り出す。

 それは見事に肩に当たり、両者の間愛を超える距離と、一瞬の膠着を生み出す。


 妹に手を上げるなど甚だ不本意だが、反撃もしなければ怪しまれるからな。

 そしてわずかに出来た余裕を利用して、外部スピーカーを切り、通信機に切り替える。


「カミナ、こいつは強敵だぞ。怪人の首領だってのも嘘じゃなさそうだな」

『お兄ちゃん?』

「おう、今帰った。大体の状況は把握した」


 まあずっと目の前にいたのだけれど。


『この怪人を倒したら、もう怪人は出てこなくなるかな』

「その可能性は高いだろう。言語を操っていることから見ても、今までの怪人とは全く違う」


 やはりそこを気にしていたか。怪人の根絶は今彼女の中で最も強い願いだろうからな。


「つらい戦いになるだろうが……」

『うん、分かってる。これで、全部が終わるんだもんね』

「……ああ」


 そうだ、これで全てを終わらせる。

 兄妹の心が、その目標が合致した。しかしその合致はどこまでも悲しく正反対にすれ違っている。


 カミナと向き合うのも。

 こうして言葉を交わすのも。

 これが最後だと思うと、クラフトドールとアンチドールのスーツ越しだとしてもこの時間が愛おしい。


 戦闘はまだ続く。

 クラフトドール最大の敵となり、そして最後の敵として倒されるために。



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