怪人としてすべきこと
「親愛なる人間諸君!!」
アンチドールのマスクには外部向けのマイクとスピーカーが仕込まれているため、拡声器のように周囲に電子的な声がビルの間に響く。
その声は無感情で不気味な、怪人の親玉に相応しいものとなっている、はずだ。
大声を張り上げると、一気に人々の注目が自分に向いてくるのが分かった。
目立ちたがり屋ではないのでなんとなく落ち着かない。
が、スピーチをやり遂げなくては。
「今まで我々怪人は、君たちに大変世話になった」
周囲を見回して確認できる表情の多くは驚愕だ。
怪人が喋ることは今までなかったので、内容以前に僕が話し始めたことに驚いているのだろう。
「このまま同じように怪人を送り出しても、今までと同じ結果にしかならないだろうと我々は考え、この度私がこの場にまかり出ることとなった!」
少々芝居がかった動作で、大袈裟に両腕を掲げ、振り回しながら堂々と話し続ける。
まるで政治家の演説だ。
群衆の視線が僕に集まり、さらに通行人が次々と集まってくる。
マンションやオフィスビルから覗き込む顔もいくつも見えた。
スピーチの練習はしたが、さすがにこんなに大勢の前で話す経験は今までになかったので、声が震えそうになるのをなんとか抑える。
僕は恐ろしい怪人の親玉なのだ。堂々としていなくては。
「私はアンチドール。クラフトドールを倒すために生み出された。そして、無能なパル・パトに替わり、現在怪人の首領を務める」
このスーツを着用すると視覚や聴覚にアシストが入る。
その機能のおかげで、群衆の輪の後ろの方から「パル・パトって誰?」という声が聞こえてきた。
パル・パトってのはアレだよ、怪人の首領としてたまに変装して表に出てきていた森本だよ。
まあクラフトドールと戦っていた訳でもないので、印象が薄いのだろう。
怪人の被害に悩まされていながらも、自分自身が危害を加えられなければ無関心なものか。
しかし無関心でいてもらっては困る。
アンチドールの戦いをしっかり目に焼き付け、怪人の今後についても予測してもらわなければならないのだから。
「今現在、怪人は私が生み出している。その怪人たちを始末していくクラフトドールを、私が倒そう」
少なくとも、この場にいる人々には僕の言葉が届いたはずだ。
こちらに向けられたレンズもいくつか確認できている。
そうだ、そうやって動画を取って広めて回ってくれ。
そして僕からのメッセージに気づくべし。
「さあ、出てこいクラフトドール!!」
叫びながら、近くに放り出された無人の車のボンネットを殴りつける。
爆音とともに、拳の周辺で小規模な爆発が起こる。
大きく歪んだ車は黒い煙を吐き出し、もうその機能を果たせないことを示す。
その火と音、衝撃は人間の本能的な恐怖に訴えかけるには十分だったようで、人の輪は一瞬で蜘蛛の子を散らすように、弾けて逃げ出した。
騒がしく響くいくつもの足音を聞きながら、もう一台別の車を蹴り飛ばして大破した。
このタイミングで、マスクに仕込まれている外へ向けてのマイクをオフに。
同じくマスクの中の通信機をオンにして、カミナを呼び出す。
「カミナ、聞こえるか?」
『……お兄、ちゃん?』
応答したカミナの声は異様にトーンが低い。
やはりまだ落ち込んでいるのか。
僕がアンチドールの開発と計画実行のために忙しかったのと、カミナ自身が部屋にこもりがちになっていたために、最近は顔を合わせる機会も減っていた。
一緒にいる時にはできるだけ会話を試みようともしていたが、応答も簡素で、楽しく話せるような雰囲気ではなかった。
「ああ、そうだ」」
『なんで……』
「なんでも何もないぞ。怪人が現れて街で暴れている!」
『え!?』
「出撃、できるか?」
『うん、分かった』
少し間があったが、カミナは出撃に応じてくれた。
良かった、これでなんとか計画通りに事を運べる。
この前の一件でクラフトドールとしての活動自体嫌になってしまったのではないかと危惧していたのだ。
恐らく今回の出撃も、カミナにとって辛いものになるだろう。
だが、これで最後だ。
どうか、どうか兄を許して欲しい。
場所と修理したクラフトドールのスーツの置き場所を教えて、準備を整えさせる。
さあ、それでは僕はカミナが来るまで悪の怪人を続けなくては。
『ねえ、お兄ちゃん』
「ん?」
『どうして家にいないの?』
「あー、それは……。ちょっと、出かけていてな。出先で怪人が暴れているのを見かけたんだ」
『……そう』
僕が怪人なので家に居る訳にはいかない……とはもちろん言えない。
嘘をつくのは心苦しいが、そもそも今までも隠し事をしていたのだ。
その後始末だ。
アンチドールのマスクの中では、クラフトドールの視点カメラの映像が見られるようになっている。
クラフトドールが出撃を始めたのを映像越しに確認して、到着時間になんとなく予想をつける。
そして、残り時間に行える目いっぱいの破壊を考える。
本来怪人には目的があり、その目的を果たすために人に危害を加える事や、物を破壊することを厭わない。
それゆえに恐れられる悪なのだ。
それが今は自分が悪である恐れられる存在であることをアピールするために破壊活動を行っている。
全くもって虚しい虚勢だが、こういったポーズが必要な場面が世の中にはしばしばある。
妹をヒーローに仕立て上げ、その活躍を喜んでいた僕が、今は怪人として街を破壊している。
いや、そもそも怪人は僕が生み出していたのだ。僕に現状をどうこう言う資格はないだろう。
僕の存在は紛れもない悪であり、悪はヒーローによって倒される。それが僕が最初から描き続けていたシナリオだ。
車がまた一つ、その機能と形状を失う。
また一歩僕は怪物となる。
その怪物の前に、待ち望んでいたヒーローがとうとう現れた。
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