誤算の立て直し
結局新しい舞台の選定には、一時間ほどかかってしまった。
多少遅れたとはいえ、まだ午前中。戦闘の決着が日暮れに持ち込まれることもまずないだろう。
よし、何も問題なく事が運んでいる。
決戦の舞台として最終的に選んだのは、ショッピングモールから数百メートル離れた、大きい交差点だった。
ショッピングモールと駅を繋ぐ真ん中にあたる地点で、人通りがそこそこに多い。
車の通行を妨げてしまうのがネックだが、車を降りて逃げてもらえばよかろう。
屋内よりは被害が幾分マシなはずだ。
そして無人の車ならば、破壊して激戦を演出するのに丁度いい大道具になる。
車の持ち主は少々可哀想だが、命が取られるよりはよっぽどマシな以下略。
そういう訳で、一大決心をして、すぐ脇のビルの屋上から颯爽と交差点の真ん中に飛び降りる。
さて、効率的に人目を引くには……。
「うわぁっ!?」
いきなり車の前に飛び出した僕に気がついた歩行者がいたらしく、歩道から叫ぶような声が聞こえてきた。
そして僕に迫る車のフロントガラス越しには、目を向いた運転手の顔が見える。
そりゃそういう顔になるよな。
ガラス越しに見える男の、驚愕と、怪我をさせないかという心配と、頭のおかしい行動に対する怒りと、自分の社会的責任に対する恐れと。
様々な感情がないまぜになったその人間らしい表情には、やはり守る価値を感じない。
まあでも、一応怪我をさせないように。
腕を突き出して車のボンネットへ。
そして車の進行方向へ向けて足を動かしながら、ゆっくりと車の勢いを奪う。
運転手もブレーキを踏んでいたのだろう。接触から二メートル足らず進んだところで、ゆっくりと車は停止した。
こちらが普通の人間であれば罵倒の一つも飛んでくるのだろうが、怪人が当たり前に出てくる世の中だ。
運転手は自分の置かれた状況を少しずつ理解し、この後の自分の運命を徐々に思い描いて静かに絶望し始めているようだ。
車を降りて逃げ出そうとしているのか、扉にチラチラと視線をやっているが、飛び出した瞬間に危害を加えられる可能性を考えてか降りるに降りられないといったご様子。
まあ安心してくれ。
もう貴方に用はないのだ。
僕の出現と突然の車の停止に、周囲はざわめき始める。
歩行者の多くが交差点の真ん中に何か異物があることに気が付き、自動車は事故に巻き込まれることを恐れて徐々に動きを止めて行く。
異常事態が起こっていることは分かっているが、障害物が多く僕の姿が目に入らないこともあって、何が起こっているのかは理解出来ていない人が多い、といった空気。
ふむ、もっと目立たなくては。
まずは何が起こっているかを理解して頂こうか。
それにこのスーツの力を試しておくいい機会だ。
止まっている適当な車を見繕う。
ガラの悪い中年の男が一人で乗っている車を見つけて、車体の下に腕を差し込む。
さぁ、その力や如何に。
お。
おお、おお?
おおおおお!
これは中々……。
想像以上に軽々と運転手付きの車が上昇を開始し、スーツが発揮出来る膂力に感心しているうちに完全に頭上までウエイトリフティングしていた。
これくらいは余裕で持ち上げられるように設計していたし、クラフトドールの活躍も見てきた。
実験室での着用実験も行った。
しかし、こういうものは実戦で体感してこそ分かることも多く、そこで得られるものの方が重要だ。
しかし、こうして持ち上げた車をどうするべきか。
目立つ破壊活動を行うならば投げ飛ばして大破、というのが最も分かりやすく効果的だろうが。
ただそれをすると運転手はほぼ確実に死んでしまうだろう。
怪我人をなるべく出さない方向で進めているのでそれは避けたい。
いや、怪我人じゃなくて死人が出たとかそういうとんちでもなく。
車を高々と持ち上げたまま思案していると、頭上からこもった喚き声が聞こえてきた。
運転手が車の中で騒いでいるのだろう。
仕方ない、とりあえず下ろしておくか。
車をそっとアスファルトの上に置くと、中にいた男は即座にドアを開けて逃げ出した。
理性の限界が来たのか、逃げ出しても危害は加えられないと判断したのか、どちらかは判然としないけれど。
しかし、うーん。
派手さも何もないので何もアピールすることが出来なかった。
周囲の車はどんどんと止まり、詰まり、大渋滞を生み出す。
僕のすぐ近くにいた車の運転手達は、我先にと逃げ出した。
「なんだ、怪人!?」
「いや、でもヒーローのアレっぽくないか?」
そんな声が歩道から聞こえてくる。
危険な存在だとまだ思わせることが出来ていないのか、逃げ出さずに僕を眺めている者も多い。
しかし「ヒーローのアレ」とはなんだ。
クラフトドールだ。覚えとけ。
そんなことを言えるわけもないので、無言のまま心で毒づく。
交差点の周辺は、去る人と集まる人、逃げ出す運転手や無関心に通り過ぎる人々により、時々刻々と状況が変化する。
車が全て止まり、人々が蠢き。
その中心に自分がいると、世界の全てを手にしたような気分にもなる。
……愚かな勘違いだ。
しょうもない感情を捨てて、今自分のやるべきことをやり遂げねばならない。
一つ、息を大きく吐き出し、吸い込む。
マイク越しに、ビルの間に声が響く。
「親愛なる人間諸君!!」
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