計画始動

 そして五日後。

 僕はアンチドールのスーツに身を包んで、街中のショッピングモールの屋上に佇んでいた。

 屋上には駐車場があり人目も多いのだが、屋上から店内への入口の屋根の上にいるので、人の目につくことはない。


 それにしても屋外で長時間過ごすのに居心地のいい格好ではないな、これは。

 直射日光と白い地面からの照り返しでスーツの表面が焼かれ、金属たちがその熱伝導の性質をフルに活用して体温をはるかに上回る熱を伝導してくる。

 しかもアンチドールは表面が黒だから……と、余計なことまで考えて体感温度がさらに上がる。


 僕も制作過程で試着くらいはしたが、ほとんどが研究室の中だったので屋外でのしんどさまではほとんど知らなかった。

 これで怪人と戦っていたんだな、カミナは。

 僕よりよっぽど体力があるとはいえ、疲れないわけがない。


 僕はそんなことも知らなかったんだな、と。

 自戒も兼ねて、しばらくここに座り込んで過ごす。

 まあ、ここから動けないのはそのためだけではないのだけれど。


 いやはやまったく、今まで計画通りに色々と動いてきた割には、大きな誤算だった。

 いや、結局今までの計画も全て誤算と言えば誤算だったのだけれど。

 そういうところではない、単純なミス。


 僕の作戦はこうだった。

 まずはそれなりに人が集まるこのショッピングモールに姿を現し、人目を引く。

 そして多くの人の前でアンチドール、つまり僕が、自分が怪人の首領であることを宣言する。

 それによって、アンチドールの退場により怪人が今後出現しなくなるであろうことを人々に想像させておく訳だ。


 この時に「私を倒せば怪人は出てこなくなるぞ」などと言っても白々しく胡散臭いだけなので、そういうことなのではと各々に気づいて貰うことが肝要。

 そのためのスピーチの作成に三日を要した。


 とまれ、そんなスピーチをして人々の心にアンチドールの存在とその意味するところを十分に浸透させたところで、クラフトドール出撃。

 これはアンチドールに内蔵した通信機から、カミナに遠隔で指示を出す。

 彼女はいつも通りに僕がオペレーションを行っていると思うだろう。


 そして大勢の人々の前でアンチドールが倒される。もちろんその様子は報道されるだろう。SNSも各人に活用していただく。

 そこから怪人が出現しなくなれば、多くの人は一連の怪人出現現象は全て終わったと思ってくれるであろう。そうして街は元の平穏を取り戻すだろう、と。


 まあ、多少の希望的観測も混じった作戦だが、僕一人でこの短時間に出来ることなんて、このくらいが限界だろう。


 アンチドールの敗北は、すなわち僕の死を意味する。

 逃亡して人知れず消えるなんてオチでは許されない。


 多くの人の前で確実に息の根を止めなくては、世間は納得しない。

 そして死体から身元が割れないように、爆発四散が望ましい。爆発での死亡は生存フラグという意見は却下。


 家には、カミナへ宛てて書いた手紙が置いてある。

 海外へ留学するという突拍子もない言い訳になってしまったが、いきなり姿を消すのだからそれくらいの強引さは致し方ない。


 結局僕はカミナに真実を告げないまま、都合よく姿を消すことにした。

 彼女を傷つけないために、と誰にするでもなく言い訳しながら、自分を守るためだけに。


 研究所ことクラフトドールラボもすっかり片付け、僕がしていたことの全ての証拠は隠滅した、はずだ。

 僕が爆ぜて消えてしまえば、カミナは何も知ることなく日常に戻る。

 それでいい。それしかない。


 もう少しカミナの成長を見守っていたかったが、もう僕にはその権利もないだろうから。

 僕は自分勝手な思惑だけで、計画を実行する。


 この期に及んでも、僕は自分が傷つけた人達への申し訳なさなんかは微塵も感じていない。

 相変わらず人々は醜悪で、下賎で、どうなろうが関心も何もない。

 しかしながら僕には妹が一番大切だから。

 命を張ってでも、流した涙を拭わなくては。


 そして妹を思うあまりに、僕は大きな問題に直面していた。

 アンチドールとクラフトドールの決戦の場に選んだこのショッピングモール。

 適度に人が多く、人目につきやすい。

 そしてある程度避難してもらえれば、ほぼ怪我人も出さずに戦うことが出来ると思っていたのだが。


 どうやら今日はイベントを開催していたらしく、想像を遥かに超える人でごった返している。

 妹とのデート以外で世間のことに関心がないので迂闊だった。


 いや、そもそもここを舞台に選んだ時点で下調べをしておくべきだったのだ。

 目的ばかりを見ていると視野が狭くなって、こういう小さなことに足元をすくわれるものだ。

 ええい口惜しい。


 これだけの群衆が集まっていては、避難の際にも大いに混乱することが予想できる。

 そうなれば怪我人を出さずに戦闘を行うことは困難だろう。


 僕が爆死した後、カミナはまた多くの人が傷ついたと頬を濡らすことだろう。

 例え自分が悪くないとしても。

 その時に誰が彼女の涙を拭えるというのだ。


 そういう訳で、今から近くで丁度いい場所を探さなければならなくなったのだが。

 そんな都合のいい場所そうそう都合よく見つかるほど、世界は都合よくできていない。


 そもそもこのショッピングモールを選んだのも、場所選びの際に丁度ここが思い浮かんだからだ。様々な場所を比較検討した結果選んだ訳でもないので、他に候補地もない。


 急ぐ必要はなし、時間がないでもない。

 実行する時間が遅れたところで計画にさして影響はないのだが。

 焦燥感は募るばかりだ。


 そしてこの格好でずっと外にいるのも少し辛くなってきた。

 ……いや、これは自戒でもあるので、その不快さと暑さにはこの際目をつぶるとしても。


 とにかく、決戦の舞台を探し直さなくてはならない。

 大丈夫、時間はある。日が暮れない限りは、ゆっくり探せばいいさ。


 しかし、この時の遅れが計画に深刻なイレギュラーをもたらすことを、この時の僕はまだ知らなかった……。


 と、不穏に締めておく。



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