アンチドール
カミナが帰ってきてから二週間。
今までの頻度から言えば、そろそろ怪人を登場させてもいい頃合だろう。
しかし今回は……いや、今回というのも不適切だ。
今後、一切怪人を作る気はないのだから。
最後まで喚き、反対する森本氏を押し切って、僕はこの一週間ほどの間に少しずつ大学内に構えていた研究室、クラフトドールラボを解体していた。
元々何かに使われていた訳ではないので、放っておいたとて誰に迷惑をかけるでもないが、こういうのはケジメだろう。
それに、僕がいなくなった後におかしな奴が怪人を作り始めたらたまらない。
あの日以来森本さんは姿を見せない。
まあ意見を全く聞かずに勝手に話を進めてしまったので、仕方がないだろう。
そうだ、そういえば。
そろそろクラフトドールのスーツの修復にも取り掛からなくては。
僕が怪人を作らない間はヒーローの出番もない訳だが、いつまでも修理せずに置くのも立場上不自然だ。
もっとも、見せかけの立場上ではあるのだが。
どうにもそういうカムフラージュのための行動へのモチベーションが上がらん。
どうしたもんかとヒーローのメットを眺める。
いっそ改造でもするか。
しかし使い道はないぞ。
そんな思考をぐるぐると繰り返して、ふと思いつく。
こんな風にぐるぐると考えている時には大抵まともに結論など出ないものだが。
改造。
これはいいかもしれない。
いや、だが今のカミナを無理に出撃させるのか?
いやいや、だが今も、世間は次にいつ怪人が出てくるかと戦々恐々としている。
カミナも、落ち込んではいるが何かあれば自分が出ていかなければと気を張っているだろう。
あるいは、もう怪人が出てこないことを祈るか。
ならば怪人が出てくることへの不安もきれいさっぱり取り去ってやろう。そうすることが、僕の償いでもある、と思いたい。
とにかく、スーツをどう改造できるかを考えつつ、作戦を立てなくては。
最後の悪巧みを。
一ヶ月の静寂が過ぎた。
ニュースにもSNSにも、怪人が出て来なくなったことへの疑問が溢れている。
街は怪人が現れない安心感と、その平穏を打ち破ってまたいつ新たな怪人が出てくるかへの不安感に包まれていた。
だから僕が払拭せねばならない。
すっかり寂しくなった薄暗いクラフトドールラボの中で、僕は修理を終えたクラフトドールのヘルメットを持ち上げ、見つめる。
自分が作ったものを後からしげしげと眺めることなどなかったが、ずっとカミナがこれを着けて戦っていたのだ。愛着も湧く。
そして、これとよく似たもう一つのヘルメットへと視線を移す。
黒く塗装されたそれは、クラフトドールと同じ顔をしているために一見して悪役らしいとは思えないが、かと言って正義の味方らしさはない。
さながら偽クラフトドールと言ったところか。
まあそれをコンセプトに制作したんだけれど。
僕は三日後にこれを着てクラフトドールと闘い、負ける。
全ての怪人を統率する首領として姿を現し、その存在の消去によって今後出現が予測される怪人の影を消す。もちろん全ての人間がそれによって安心できる訳ではないだろうが、一度撒いた種は完全に回収できるものではない。
ここらが僕の限界だろう。
クラフトドールに対抗して作られた怪人のボス。
名付けるなら、そう。
アンチドール。
アンチドール討伐計画の中身を具体的に考える。
自分の討伐計画を、しかも討伐を行う本人には知らせずに立案するというのもおかしな話だが、そもそもこの状況が狂っているのだ。
これ以外に方法はないだろう。
悪の怪人は根絶され、僕とカミナは以前の日常に戻る。
そしてその時……。
その時。
その時僕はどうしている?
いや、どうしていればいい?
クラフトドールとアンチドール。
二つのスーツを並べて、見比べるようにしげしげと眺める。
肌に触れる椅子や机が、いつもより冷たいように思えた。
僕は何事も無かったように元の日常に戻ろうとしている。
そんな虫のいいことを考えている。
実の所、反省などしていないのだ。
ただカミナの機嫌を取りたいだけ。
自分勝手に始めたゲームを、思い通りにいかなかったからと終わらせるだけ。
それは僕が怪人を使って裁き続けていた、自分勝手な人間と何が違うのか。
いや、むしろそれよりも酷い。
自分勝手な考えで、一番喜ばせたかった相手すら傷つけて。
誰が悲しもうがそんなこと考えもしていない。
改めて驚くほどのことでもないが。
どうやら僕がこの街で一番の悪だったらしい。
そう気がついても、あまり実感が湧かない。
頭が理解しても心で納得していない。
自分の正しさを疑ったことがなかったから。
これは時間がかかるやつだ、と思いながら天井を見つめる。
いや、時間をかければ僕はまた自分を正当化するだろう。
ならば時間を奪ってやるのがいい。
僕がアンチドールとなり、クラフトドールの手によって消えればいいのだ。
僕がいなくなれば、カミナは悲しむだろう。泣くだろう。
いや、それはひょっとしたら泣いて欲しいというだけの僕の勝手な欲望かもしれないけれど。
今の僕にはそれを願う権利すらないのだろう。
僕は自分自身への幕引きという新たな目的を練り込んで、再び計画を練り直す。
最後の怪人出現は、五日後に設定した。
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