ドールの怒り

『絶対に許さないから!!!』


 クラフトドールが叫ぶ。

 スピーカーから届くその声は、バリバリに割れている。


 だが電波や電気信号だけでは伝わらない魂のようなものが、ダイレクトに胸に届く。

 非科学的な表現だが、魂に響くものは確かにある。

 クラフトドールを作ったのもまた、僕の魂と執念だ。


 クラフトドールの体が激しく動きだし、モニターの映像が大きく揺れる。

 クラブモンがまた泡を吐き出そうとするのを見て、それを封じるべく瞬時に踏み出したのだろう。


 状況判断と反応の速さは超一級だ。

 元々の資質に加えて、怒りでさらに能力が増しているとすら思える。

 クラブモンに襲われた被害者がカミナの友人だったのは想定外だったが、いやむしろ嬉しい偶然と言うべきであろう。


 想像以上にカミナの感情を掻き立て、ヒーローとしての進化を促している。

 その怒りや悔しさこそがカミナを進化させるのだ。


「クラフトドール、腕の装甲が壊れたんだろう。無理のないように戦ってくれ」

 もちろん冷静な視点からのアドバイスも欠かさない。


『分かってるよ』

「足技を主に。そしてこっちから見るにあの怪人の弱点は……」

『……っさいなぁ』

「え?」

 今、なんて?


『ちょっと、そういうの聞いてる余裕ない』


 なんと、反抗的な態度。


 なんだ、反抗期か!?

 お兄ちゃんちょっとショック!

 ヒーローとしての目覚めは嬉しいことだが、しかし。

 しかしまさかこんなふうに言われてしまうなんて。


「いや、あの、ごめんな。えっと、あの」


 ダメだ、こんなことは初めてなのでどう言葉を継いでいいやら分からない。

 そして何も言えないまま僕がアワアワとしているうちに、決戦は始まった。


『だァりゃぁぁぁ!!!』


 再び割れた声。


 どうやらクラブモンの顎を蹴りあげたらしい。

 常人ならば簡単に脳震盪を起こして倒れ込むところだろうが、そこは怪人。

 頑丈な装甲に身を守られ、神経も強靭なため、衝撃に少し後ずさるのみですぐ反撃に移る。


 下から大きく振り上げられた巨大で凶暴な刃の顎、つまるところカニのハサミが、クラフトドールの体を襲う。

 が、すんでのところで躱され、刀身は空を切った。


 あんなに重く巨大な刃を、片腕でしかも大振りに振るっているのだから、並の人間ならばまだしも、クラフトドールのスーツで身体強化されたカミナに当たるわけがない。


 絵面は恐ろしいが、な。


 全て計算通りだ。

 映像で見れば恐ろしい怪物だが、その実クラフトドールへの決定的な攻撃力を有していない。

 見た目のインパクトが強いために、実際はどれだけ弱くともクラブモンを倒すだけでクラフトドールの名声はより高まる。


 全てが僕のために回っている。

 偶然すらも味方につけて、全てがお手軽人形劇として最高のヒーローショーになる。

 最高だ、最高の気分だ。


 がら空きになったクラブモンの下半身に目を付け、クラフトドールはしゃがみこんでの足払いで怪人の体をグラつかせる。

 そして腹部に鉄拳。カニの赤く暑い装甲にヒビが入った。


 待て待て、何をしている!

 腕の装甲が壊れたのだから、手を使うのは控えろと言ったのに!

 カニの甲羅が砕けたのとは明らかに異質の、金属製の機械が歪むような衝撃音が伝わってきて、心配を加速させる。


 まあいい、そんな無茶もヒーローとなるには必要な資質の一つだろう。

 せめて治療の準備を進めておこうではないか。


 妹の活躍を見守りながらも、救急箱を探して部屋の中を慌ただしく駆け回る。

 その間にもクラフトドールの戦いは続く。


 地面に倒れ伏したカニの体を踏みつけ、もがきながら突き出された刃を大きく飛び退いて回避する。

 その間に立ち上がろうとする怪人に向けて足を突き出すと、怪人は少し遅れながらも反応した。


 しかしそれはブラフだ。

 追撃を警戒して硬直したクラブモンに向け、腕から光線を放つクラフトドール。


「あの光線は強力だけど、スーツ内のエネルギー消費が激しいからな。ここぞという時に確実に当てろ」


 それは僕が初めに言ったことの一つだ。

 無茶はしたが、基本的なことは守りつつ戦闘のキレが増している。


 一安心しながらモニターを眺めていると、怪人の体がはじけ飛ぶのが確認できた。

 いやはや、よくやってくれた。

 アイツは最高の成果物だったな。


「よし、終わったな。手が心配だ。早めに帰ってきて……」

『うん』

「……カミナ?」

『ごめん、ちょっと』

「おい、どうした?」


 僕からの問いかけに返事はなく、そのまま一方的に通信が切られてしまう。

 いや待て、スーツ側には通信切断機能を付けていないぞ。

 ということは、まさか通信機を壊された?


 何故だ、何故こうなる。ここまでの流れは完璧だったのに。

 想定外すらも全て都合よく運んでいたのに。


 カミナのことだから、襲われた知り合いを助けるつもりではあるのだろうが。

 そのために通信を切ってしまう必要は全く無い。


 彼女を探しに行くか迷いながらも、今は話したくないのだろうと、彼女の気持ちを尊重することとする。

 そうだ、このように相手の気持ちを思いやれてこそ、良好な関係性が実現するのだ。

 いやはや。しかし耐え難い。今にも叫び出したいところだ。


 必死に自分を押さえながら、椅子に深く座り込んで妹の帰りを待つ。

 辛抱強く、いくらでも待ち続ける。


 それくらいなんてことないさと自分に言い聞かせながら、決して投げ出さない覚悟を決める。

 しかし、その日のうちにカミナが帰って来ることは無かった。

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