怪人の罪
「どんな調子だ?」
『いやぁ、ちょっと。動けないですねぇ、これは』
何故か敬語になるカミナ。
今までにないケースだからか、わかりやすく動揺しているようだ。
クラフトドールは現在、カニ怪人ことクラブモンの吐き出した大量の泡に体を包み込まれ、身動きを封じられていた。
まあその機能を搭載して、今の状況に持ち込んだのは僕なんだけれど。
「とりあえずどういう状態か詳しく伝えてくれ。カメラにほとんど映ってない」
カメラの表面にも飛び散った泡が付着しているらしく、映像は白黒の不思議な模様に包まれている。
まあ作った本人なので、どんな風になっているのかは大体想像がついているが。
シチュエーションと僕の役割的に聞かなければならないだろう。こういう配慮がちゃんとできているので、カミナにも僕の正体がバレずにいる。
『えっと、なんかすっごいたくさん泡が出てきて。体に着いた瞬間に固まって、身動き取れない!』
「全く動けないか?」
『ちょっとは動けるけど、なんか、泥水の沼の中にいるみたいな』
うんうん、想定通りだ。
吹き出された直後は柔らかく体につきまとい、じわじわと固まっていく。
泡の速度から考えると、今は腰の上くらいまで泡に包まれて固められた頃か。
もう移動はできなくなっているはずだ。
動きの拘束はピンチの演出として王道だろう。
「痛みはないか?」
『痛くはないよ、動けないだけ』
うむうむ、カミナが痛い思いをするなんて耐えられないからな。
ますます最高のピンチだ。
まさに理想通り。
『でもおかしいんだよね。攻撃して来るなら今!
って感じの状況なのに、手を出して来ないよ 』
お前を傷つける訳にはいかないからな、とは言えないので適当にそれらしい返しをしておく。
「何かを狙っている可能性がある。警戒しとけ」
まあカミナが警戒しなければならないような狙いではないけれど。
『分かってる。とは言っても、警戒しててもできることがないんだよね』
「いざとなったら助けに行くぞ」
『それは無理でしょ』
無理ということもないんだが。
それも言う訳にはいかないので黙っておく。
やれやれ、家族に隠し事が多いと苦労するぜ。
さて、そろそろ次の段階へ移る頃かな。
『えっ、ちょっ、うわっ。何これ!?』
カメラ越しにはほとんど捉えられないが、マイク越しの狼狽えた声から、仕掛けが正常に作動したことを知らせてくれる。
クラブモンがさらに泡を吹き出し、クラフトドールの体を包み込む泡は、ヒーローの機械仕掛けの無骨な体を、下からグングンと持ち上げているはずだ。
え、この泡はどんな物質なのかって?
そいつをツッコむのは野暮というものだろう!
「とりあえずそっちの状況が把握出来ない。カメラについた泡を拭ってくれないか」
『う、うん……。あー、もー、なんなのこいつ!』
太く機械的な指がレンズの前を通り、視界が幾分かクリアになる。
一方のカミナは、さすがにいら立ちが募ったらしく少しだけ言葉使いが乱暴になる。
まあー、そんなところも愛するのが兄だ。
そしてそこにさらに燃料をつぎ足す。
高くなった視界からは、クラブモンに襲われた被害者がよく見えるはずだ。
絶体絶命のピンチ!
そんな中、怪人の罪に対して怒りを燃やし、正義の心で一発逆転。うん、素晴らしいシナリオだ。
なんてステキなショーだろう。
『あっ!!』
うんうん、どうやらクラブモンの後ろに倒れ込んだ人に気が付いたらしい。
あまりはっきりとは確認できないが、どうやら若い女性のようだ。
何かしらのマナーが悪かったのだろう。
妹とも歳が近そうなので心苦しいが、社会の害悪になっているのならば仕方がない。
『お兄ちゃん……人が、倒れてる』
「何!?」
『襲われたんだ、あいつに』
「そうか。どんな状態か分かるか?」
オーバーに演技をしてのリアクション。
怪人に襲われるということは、何かしら良くない部分があったのだろう。
悪人がどうなっていようがどうでもいいが、これも聞かなければならない状況。
まあ死ぬようなことはないだろう。それくらいの分別は持っている。
僕はちょっとお仕置きをするだけだ。
生きる資格がないなどと断定して裁きを与えるなだなんて、そんなことを考えるほど思い上がってはいない。
森本さんは違うようだったけど。
『ハッキリとは、分からないけど……』
懸命に状況を伝えようとしているのだろう。
カミナの声は震えている。
ここまで順調にシナリオ通り。
さあ、すぐに彼女を助け出して病院に運ぶのだといった内容の激励をし、クラフトドールが本気を出す。
クラブモンの泡の機能停止はこちらから操作出来るようになっているので、タイミングを合わせるだけ。
ますますどんな物質かって?
そんな野暮は言いっこナシだろう!
『分からないけど……あれ、多分私の友達だ』
よーし、泡の解除スタンバイ……ん?
今、なんと言った?
通信機の向こうで震える声が伝えた内容は、僕の予想とはまるで違っていて。
『許さない。アイツ、絶対に許さない!!』
妹の怒りの方向性もまた僕が想定していたものとはまるで違っていたので、解除のスイッチを押す指が空中に浮いたまま静止した。
なんだって?
友達?
『お兄ちゃん、なんかまだ隠してる秘密兵器とかない?』
あまりにも冷酷な声で発せられた質問に、思わずドキリとする。
隠し事なら沢山あるな。
クラフトドールの隠し機能も、少し。
だが、それを言ってしまえばこの後の計画にも影響が出る。
「残念ながら何もない、が、その……」
『そっか、なら仕方ないね』
こちらが言い淀んでいると、そんな間すら焦れったいのか、簡単に会話が打ち切られる。
そして。
『ふんぬぐぐぐぐ……』
可愛らしさなどかなぐり捨てる勢いで呻き、力を込め、そして。
『はぁっ!!』
バキッ、という何かが壊れるような音がスピーカーから大きく響いた。
まさか、装甲が壊れたか?
『こちらクラフトドール。自力で泡から脱出。あと、ごめん、腕のパーツが壊れたかも』
待て待て、理解が追いつかない。
『これから、アイツぶっ飛ばすから』
理解は追い付かない。
シナリオからも外れている。
だがしかし。
これが僕が夢見ていたヒーローの姿だと。
ふとそう思った。
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