怪人出現
今日もまた怪人が出現する。この街では珍しいことではない。
怪人は悪の象徴であるが、無差別に悪事を働くわけではない。
僕が植え付けた正義の思考回路に基づいて、襲う人間を選別する。
今日も悪しき人間が一人成敗され、クラフトドールが活躍し、この世界はより良いものになる。
……はずだった。
「よっし、出動準備完了。場所は分かるな?」
「もちろん。ササッと行って来るよ」
半年のヒーロー生活で怪人を倒すことにも慣れてきたカミナは、余裕綽々といった様子で出撃していく。
だが、今回の怪人はひと味違うのだ。
やはり、たまにはヒーローのピンチを演出しなくては。
大丈夫、カミナに痛い思いはさせないさ。僕はその辺の調整が抜群に上手いから。
現場に到着したカミナから、マクス内蔵のカメラ越しに送られてきた映像をモニターに映す。
細かい調整のためにすっかり見慣れた異形の怪人が、そこに立っていた。
カニをモチーフにした鎧を着込んだ、大男の様な姿の怪人。
この怪人にはクラブモンと名付けた。
別に名前を呼ぶような機会は特にないので、名前をつける必要もないのだが。
『うっわ、凶悪なカニさんだ。お兄ちゃん、あいつの名前どうする?』
「そうだな、クラブモンなんでどうだ?」
『んー、よく分かんない。四十点』
時折、こういった雑談が発生するので一応怪人達には名前をつけておくことにしている。
今回は厳しめ評価だが、なんとか兄としての最低限のユーモアを示す。
『お兄ちゃん、ほんとこういうあだ名みたいなのつけるセンスないよねぇ』
にこやか且つ柔らかい刃が飛んできた。
あれ、クラフトドールにそんな機能つけたっけな?
それとも妹の標準装備?
そもそも僕が作った怪人だからあだ名どころか正式名称なんですけど。公式なんですけど。
まあそんなこと言えやしないけど。
今回こそはユーモアを示した自信があったので、少々ガックリ来てしまう。
ちなみに、僕の名付け平均アベレージは三十前半だ。全て妹評価。
お、そう考えると今回はちょっと高得点寄りかもしれない。
思考が逸れすぎた。
怪人の描写にでも意識を向けよう。
全身が赤い装甲に包まれたクラブモンの両腕には、肘から手首にかけて、大きな刃が二本ずつ。
これで裁きを下すべき人間を切りつける。
そして本格的な戦闘形態に移る際には……
『えー。なんかすっごいハサミ出てきたんだけど』
両腕の刃が展開して手首の先に回り、セミ顔の宇宙人さながらのハサミの腕になる。
実用性よりも見栄え重視の機能だが、怪人の脅威やクラフトドールのヒーロー性を伝える手段としては、今のところ報道やSNSでの映像がメインだ。
見た目のハデさにこだわって損はないだろう。
しかしクラブモンに付けた画期的な要素はこれだけではない。
フシュゥ、とマイク越しに噴出音が伝わる。
映像越しにも、期待通りの効果が現れたことが確認できる。
『え!? 何これ!?』
白くキメの細かい泡が地面を伝ってクラフトドールへと襲いかかる。
波が押し寄せるように先端を持ち上げながら、ヒーローのゴツゴツとした足元とその周辺を包み込む。
驚いて後退を始める頃には、すぐに移動できるような足場は既に泡の海に覆われている。
そして、力強い日本の足を、ぐんぐんと勢いよく登り始める。
『ちょっ、怖い怖い怖い、怖いよ!!』
うむうむ、驚くのも無理はない。
しかし安心してくれ。これは害のないただの泡だ。
少し動きを止める効果はあるがな。
「カミナ、正体が掴めない。警戒しておけ!」
口先ばかりの注意を飛ばしながら、クラフトドールが泡に囚われるよう誘導するにはどうすべきかと思案する。
この泡はカミナを傷つけるようなことは決してない。
毒でも酸でも爆発物でもなく、ただ徐々に固まるだけ。
そして、クラフトドールの体を傷つけることなく動きを封じる。
妹を傷付けることなく、ピンチを演出する手段。
それは安全な拘束にあると見つけたり!
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