変化の兆候
服屋の袋を持って、三階へと続くのぼりのエスカレーターに乗る。
エスカレーターの速度はどうも緩慢に感じてしまい、自分の足でどんどんと登って行きたくなるが、人も多いので我慢する。
「あっ」
「ん?」
「友達いたから、ちょっと行ってくるね!」
カミナが走り去っていた方を見ると、女子高生らしき二人連れが手を振っていた。
カミナはその二人に合流し、楽しげに談笑を始める。
学校の友達か。
何かと理由をつけて高校を訪ねたり、家に友達が来ていたりで何度か顔を見る機会はあった気がするが、カミナ以外はかすれてしまうので見覚えがない。
親しげな様子で話しているが、全く知らない人たちと話しているようにしか見えない。
妹が離れて行ってしまう様で少し寂しいな。
そっと手に提げていたレジ袋の中を覗き込み、さっき買ったばかりの服をじっくりと見る。
現実は見ていられないので。
うんうん、カミナによく似合いそうだ。
「何してるの?」
不意に声を掛けられて顔を上げると、いつの間にか友達と別れたらしいカミナが目の前に立っている。
どうやら現実逃避に没頭していて気が付かなかったらしい。
やれやれ、僕が妹の接近を見逃すとは。
「服をじーっと見てるの、変態っぽいよー」
「まだ着てないからセーフで。あー、友達とはもういいのか?」
なんとなく気まずさを覚えたため話題を逸らすが、少し言い淀む。
友達と接する機会を減らす原因になってしまっているのは、まあ間違いないし。
僕だって何も気にしていないなんてことはない。
「うん、別に一緒に遊ぶ訳でもないし」
笑ってはいるが、その笑顔が少し寂しいような気がして。
「合流してくるか?」
そんなことを言ってしまった。
「いいよ、いつ怪人が出てくるかもわからないからね」
「でも」
「友達と遊ぶことより、友達が笑って過ごせる平和を守ることの方が、私には大事だしね」
そう気丈に振る舞って、何事もないような顔をして先に歩いて行ってしまうのは、分かり切っていたことなのに。
今日は怪人が出てこないことを僕は知っている。
が、彼女にそれを伝えるわけにはいかない。
そのためにカミナは、自分のやりたいことも我慢してストイックに過ごしている。
その姿は、もう、なんと言うか、素晴らしく、尊く、美しい。
その覚悟を背負った細い後姿を見つめ、後を追うためにゆっくりと歩き出す。
一歩を踏み出すごとに、不思議と口角が吊り上がった。
悪いとは思っているけれど。
悪くはない気分。
事件は、それから数日後に起こった。
もちろん事件とは怪人の出現のことだが、この街ではただ怪人が出てくるだけでは「事件」にはならない。
少なくとも僕の中では。
「事件」などと僕がわざわざ言い立てるには、それなりの理由がある。
妹と僕のことに関わる理由が。
そして、そこから僕の正義は決定的に揺らぎ始める。
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