妹を甘やかす兄

 僕達はエスカレーターに運ばれ、とりあえず二階に降りる。

 服屋が多いフロアだった。

 僕はファッションにはとんと無頓着だが、カミナが服を見るのが好きなので、服屋は好きだ。

 服屋に行く服がない? 妹がいればよかろうなのだ。


 ふと、カミナの足が止まったのに気がつく。

 その停止は一秒にも満たない短いもので、僕でなきゃ見逃しちゃうところだった。

 当然僕は見逃さない。


 妹の変化に気が付くことは兄として当然の資質である。

 兄暦二十年の僕はその能力が存分に磨かれている。

 それに、カミナのことには僕が気が付かなければならない。


「かわいい服だな」

「え?」

「ほらこれ、カミナに似合いそうだ」


 僕が指さしたのはもちろん、カミナが足を止める要因となったマネキンである。

 通路の右側に入っているいかにも若者向けの服屋の、店頭に置かれたマネキン。


 その頭が無い人形には、当然店の商品が着せられている。

 白黒ボーダーのシャツにパンツスタイルのコーディネート。

 少しボーイッシュなその装いは、なるほどカミナの好みど真ん中といった感じだ。


「え、そ、そうかな!?」

「好きだろ、こういうの」

「ま、まあね!」


 まあ、なんてものではないはずだ。

 兄ちゃんは分かってるぞ。


 服に注目していたことを気取られまいとしていたし、それが成功したと思っていたのだろう。

 内心を言い当てられたことに対する動揺が見て取れる。

 初めてのことでもないのに、どうして気付かれたのかさっぱり分からないといった様子だ。


「よし、買っていくか」

「え、いいよ! ほら高いし!」

 思った通り、カミナは両手を顔の前で振りながら拒絶する。

 言われて初めて値札を確認するが、ふむ、確かに高いが気にするほどではない。僕には妹貯金もあることだし。


「いつも何も買わないんだし、たまにはこれくらい買っていけばいいじゃないか」

「いいの! 服より大事なものがあるからさ」


 眉を八の字にしながら笑い、さっさと店を出る。

 その姿は逃げるようでもあり、見送るのは少し寂しい。

 金は十分にあるんだから気にしないでいいのになぁ。


 責任感が強い彼女は、こういう時に無理をしているように見える。

 もう少し甘えたっていいのに。

 まあ、だからこそ美しいんだけどな。


 徐々に離れていく背中を、僕は、しかし追いかけない。

 マネキンの傍に掛けてあった同じデザインの服を手に取り、レジへと真っ直ぐ進む。

 サイズはもちろん把握している。


「なんでぇ!?」


 僕が持ってきた袋を見て、カミナが飛び跳ねる。

 しかし、買い物を済ませて追いついて声を掛けるまで、僕がそばに居なかったことに気が付かないとは。

 お兄ちゃん悲しい。


 あるいは、それだけ思い切って物欲から逃げていたのか。

 うん、そうだということにしとこう。

 その方がダメージが少ない。


 普段はカミナの意向を尊重してこのような買い物はしないのだが、この間クラフトドールとして出動したところだし、たまには甘やかしてもいいだろう。

 まあそれに、この服にはいつもより惹かれていたみたいだしな。

 本音を言えば毎日毎時間毎分毎秒甘やかしたいけれど、本人の意向を以下略。


「いいって言ったのに」

「兄ちゃんがそれを着たカミナを見たかったんだ」


 決まった。

 こんなことを言われてドキッとしない妹は存在するまい。


「えー、もー、しょーがないなー」


 意地を張っている割には、こういう言葉で簡単に丸め込まれてしまう。

 いやー、ちょろいのも可愛いけど、お兄ちゃんちょっと心配。

 必死に我慢しているが、口角が頭上へ向けて強力に引っ張られている。


「でもそういうかっこつけたこと、他の女の子には言っちゃだめだよ。気持ち悪いから。ちょっと心配だよ」


 ……はい。

 いや、まあ大丈夫。

 僕は妹一筋だから。

 他の女の子にそんなこと言ったりしないから、嫉妬なんてしなくても。


 …………嫉妬だよな? 

 嫉妬であってくれ。

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