兄の正体

「それで、何をしようとしてここに? 強化形態でも作るんですか? 時期的には確かにそろそろ……」

「特撮番組じゃないんだから、強化形態なんて必要ないですよ。強化するなら形はそのままで機能拡張なりして改良すればいい」


 森本さん……パル・パトは考え方が少し子供っぽいところがある。

 この年で社会に出ることを拒み続けていることからも、さもありなん、という感じはするが。


「少しロマンに欠けますねぇ」

「生憎、合理主義なもので」

「傍で見ている分には、意外とそうでもないですけどね」


 置きっぱなしにしていた書類を取り上げながら苦笑する。

 妹第一主義と言うべきか。

 しかし秘密を守るためにそれは黙っておく。


「今日はクラフトドールの方じゃないんですよ」

「次回分はもうとっくに作り終えていたと思いますが」

「その次をね。早めに準備しておこうかと」

「確かに早いですねぇ。今日一体出して倒されたところなのに」

「ちょっと、一工夫入れてみようかと」


 ラボの端の壁際、据え付けられたホワイトボードとは反対側の、教室の後ろと言うべき壁際まで歩く。


 そこには、僕の身長を越すほど大きな、円筒状のガラスケースが五つ並んでいる。

 それらは全て培養液で満たされ、右から二つ目のケースの中には、人型の影が浮いている。


 いや、人型ではあるが、人型ではない。

 その影のあちこちからは人間にはついている訳がないツノやトゲが飛び出している。


 当然だ、人間ではないのだから。


 その姿は、今日モニター越しに見ていたモノとよく似ている。

 そう、僕がクラフト・ドールと同時に作っているそれは


「それで? 次に作る怪人とは、どのようなもので?」


 僕は、このラボでクラフトドールに倒される怪人を作っている。


 最初は、小学校低学年の頃だったと記憶している。

 当時僕も妹も、テレビでやっている特撮ヒーローものをよく見ていた。


 カミナは、同時にやっている女の子向けのアニメは見ずに、僕と一緒にそんな風なヒーローものをずっと見ていた。

 女の子向けなものにあまり惹かれない性格は今も変わらない。

 その一貫性やたまにそれを気にするようなしぐさを見せるところが魅力なのだが、あまりに長くなるので、断腸の思いでその部分は省く。


 ともかく、その時カミナが言った「自分もヒーローになりたい」との言を、当時から妹に甘かった兄こと僕は、なんとか実現させてやろうと頭をひねった。


 これまでにも、妹の願いはほとんど叶えてきたのだ。

 唯一かなえられなかったのはこの願いだけ。

 そのことはずっと頭の片隅に残り続け、妹の願望を実現するために頭の片隅を捻って捻って、捻り続けた。


 幸いにも僕は、子供の時分からそれねりに優秀な頭脳を持ち合わせていた。

 その頭脳が一心に考え続ければ、前代未聞の発明もフィクションの実現も不可能ではない。

 十年後、高校生の時に理論が完成した。


 その時には僕もカミナも特撮番組は見なくなっていたが、それでも実現すれば喜んでくれるあろうと思っていた。


 喜ばしいことに、カミナは積極的に人を助ける優しい子に育っていた。

 お兄ちゃん感激。


 そのため、人を助ける「ヒーロー」の力は喜んでくれるだろうとも思っていた。


 しかし。しかしである。

 この平和な世界において、スーツを纏ったヒーローが人を助けられることなど少ないのではないだろうか? 

 困っている人のところへ駆けつけるのに必要なのは、一人の超人的ヒーローではなく、警察や消防のような組織力を持った集団ではないか?


 アメコミならば、ヒーローが強盗を撃退する、というシナリオも見たことがある。強盗の前に颯爽と現れ、瞬く間に人質を救出し、犯人を打ち倒す。

 なるほど、人質がいて警察が手を出せない状況なんかでは役に立つかもしれない。


 だが、現実に強盗事件などそうそう起こるものか。

 しかもここは日本だ。

 アメリカに行ったことはないけれど、恐らく向こうよりもずっと治安がいいはずだ。


 そんなことにも気が付かないなんて、全く社会の仕組みを知らない子供であったと思う。

 ともかく、それに気が付いた以上はヒーローが活躍すべき場面を探さねばならない。

 ヒーローが活躍するのは、どんな時か?


 そうだ、それは警察でも軍隊でも対抗できない強大な力が現れた時だ。

 ヒーロー番組に出てくる敵役のような、強大な存在。

 つまり、怪人が必要だ。


 ここでまたしても僕の頭脳がフル稼働し、新しい存在として怪人を生み出した。

 自分の才能が恐ろしいなどとのたまうマッドサイエンティストの気持ちがよく分かる。

 少し頭を使えば、「効率的な大量殺人の方法」すらも考え出せる。


 とはいえ、怪人に人間を襲わせるつもりなど最初は毛頭なかった。

 効率的な大量殺人など行うメリットがない。


 怪人には、空き家の破壊など、社会にほとんど影響が出ない様な、形ばかりの破壊活動をさせる。

 そして警察や機動隊が出張ってきたところで、人間の力だけではどうにもならないというところを見せておく。


 そんなアピールを一通りした後に、颯爽と現れる変身したカミナ……クラフトドールに倒される。

 それで十分だった。

 ……最初は。


 

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