兄の中身

「帰り際に子供を助けたのもバッチリ撮られてるぞ。『クラフトドール、信号無視の車から子供を救う!』ってな。怪人を倒すだけで終わらないんだから、さすが正義のヒーロー。いや、我が妹!」

「別に当たり前のことだから! 一々反応しなくてもいいじゃん!」


 顔を背けて台所へ向かい、冷蔵庫からジュースを取り出すカミナ。

 つっけんどんな態度を取ってはいるが、ペットボトルに口をつけるころには鼻歌を口ずさんでいる。


 お年頃の女子高生であるため照れ隠しをしているが、大好きな兄に褒められて満更でもないのだろう。

 愛い奴め、明日大学の帰りに菓子でも買って来てやろう。


 緑丸のどら焼きがいいかな、最近のお気に入りだったし。


「お母さん、今日も遅いって」

「ああ、連絡入ってたか? 気付かなかった」

「ずっとテレビ見てるからでしょ」


 少し家庭の話をしておくと、うちは母子家庭である。父親のことはおぼろげにしか覚えていない。なんで家にいないのかも知らないし、聞けていない。


 それはともかく、我が家の生活費は母の細腕によって賄われている。その細腕に育てられている子としては、あまり心配をかけたくないと思うのは必然だ。少なくとも僕達兄妹は。


「やっぱり、お母さんには話した方がいいんじゃないかな?」


 カミナが不安げな表情を浮かべる。


「ダメだ。正体が広まればカミナが危ない。この事は二人だけの秘密にしておいた方がいい」

「でもお母さんは人に言ったりしないでしょ?」

「念を入れておくに越したことはない。それに、カミナが怪人と戦ってるなんて言ったら、母さん心配するだろ?」


 カミナはそのまま俯いて、黙ってしまう。何度も同じことを話し合っているけれど、そのたびにこんな顔をさせてしまう。

 全く兄として不甲斐ない。

 けれども、話せないのには話せないなりの理由があるものだ。


「……部屋戻る」


 画面の中のヒーローは相変わらずアグレッシブに動き続け、怪人を倒し、名乗りを上げている。

 しかしそれとは対照的に、目の前の背中はしゅんとして落ち込んでいる。


 最近、カミナはクラフトドールとしての活動に憂いがあるようだ。

 これはいけない。


 元々クラフトドールはカミナの為に作ったものだというのに、カミナの精神に悪影響を与えるようなことがあってはならない。

 早急に、何かしらの対策を講じる必要があるだろう。


 僕はテレビを止め、外出着に着替える。

 とは言っても、服には無頓着なので黒のトレーナーに薄手のパーカーを羽織るだけだが。


 夕陽が傾き出した街へとサンダルで踏み出す。

 改造した電動アシスト自転車で、普段通っている大学へ向かう。

 家から五分、近さで選んだ国公立。


 もうすぐ帰って来る母さんには、バイトだと言い訳しておこう。

 バイトなんかしてないけど。



 大学には様々な教室がある。工学系なら尚更だ。尚更と言いつつ他の大学をあまり知らないのだが、少なくとも僕の通う大学には多い。


 そして数多ある教室の中には、長い歴史の中で授業などでも使われなくなり、その前を人が通ることもないような、隠れ家のようになった教室がある。


 僕はそんな教室の一つを偶然にも発見し、そして不法に占拠している。

 不法ではあるけれど、一年以上まだ誰にも見つかっていないし、当然文句も言われていないので問題ない。

 バレていない罪は存在しないのと同じだ。


 二十畳を軽く超えるであろう広い教室には、壁に据え付けられたホワイトボードや、他の教室でもつかわれているような長い机や椅子が放置されていた。

 僕はそれらをこつこつと整理し、工具や様々な装置を持ち込んで研究室に改造した。

 もはや元の教室の面影は全くなく、僕専用のラボと言って差し支えない。


 僕は、ここでクラフトドールの開発をしていた。

 そして今もこの、名付けるならクラフトドールラボにて、尚改良や整備を続けている。


 いや、クラフトドールだけではない。

 他にも……


「あれ、こんな時間に来るなんて珍しいですね。どうしたんです?」


 前言撤回。

 一度だけ見つかったんだった。

 文句は言われなかったけれど。


「ちょっと思いついたことがありましてね、試してみようと思って出てきたんですよ」

「敬語はやめてくださいよ。いつも言ってるのに」

「でも、一応年上ですから」

「あなたはボスなんだから、もっと堂々とお願いしますよ」


 目の前の男は、少し丸い体をスーツに包んで、陰湿にクックと笑う。


「……ああ、分かったよ、森本」

「だからそれはやめてくださいよ。私はパル・パトですよ、ボス」

「僕も出来ればそれをやめてほしいんだけどな。なんだかくすぐったい」


 軽口を叩いているのは、大学院生の森本タカトさんである。

 院生というのはよほど暇らしく、構内をぶらついてこの教室にいる僕を見つけた挙句、今や僕よりも長くここに居座っている。


 クラフトドールのスーツを見られてしまったことで秘密がバレてしまったので、開発作業の手伝いなんかをしてもらっていたら、僕をボスだなんだと言って担ぎ上げるようになってしまった。


 秘密をバラすなと言っておいて申し訳ないことだが、カミナにはこの人の存在について何も言えていない。

 まあ、この人にはクラフトドールの正体は教えていないので、ギリギリセーフということにしている。


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