クラフトドール編

ヒーローの中身

「ただいまー」


 玄関の扉が開き、スピーカー越しより数段クリアなキュートボイスが届く。

 ヒーローの帰還だ。


「おっかえりー!」


 僕はいつもの如く疲労に包まれた英雄を労い、癒すために熱い抱擁を交わすべくリビングを飛び出して玄関まで一直線の廊下を最短のタイムで駆け抜け


「やめてっ!!」


 勢いを生かす形で顔面に掌底を叩き込まれて、今走ってきた廊下を吹っ飛び逆戻るのであった。


 流石に、戦い慣れている。

 空手で鍛えられた膂力は伊達じゃないと言うかなんと言うか。


「ただいま。あといつも言ってるけど抱きついてくるのはやめて!」


 僕は倒れたまま最愛の妹にサムズアップを送り、そのまま力尽きる。

 フローリングに横たわった僕の横を通り抜け、妹はリビングへと入って行った。


 それを見送ってから立ち上がり、僕はフラフラとリビングに戻る。

 ひと仕事終えた疲労感に浸りながら、テレビと対面したソファにどっかと腰を下ろして目を閉じた。


 現在、この街には怪人が出現している。

 その正体は全くの不明とされており、何を目的として、どこから現れるのかも全くの不明だと報道されている。


 二足歩行をする異形の存在は、人間をはるかに上回る力を持ち、破壊活動を行い街行く人に危害を加える。

 言語は操らず、呻き声や奇声を上げるばかりで意思疎通を取ることは出来ないが、機械の操作を行うなど、知性を感じさせる行動を取ることもある。


 そして、その体は強靭で、刃物を通さず、銃器などで致命傷を負わせることは出来ない。

 どんなに武装して徒党を組んだところで、普通の人間では対処しきれないというのが、映画なんかに出てくるこの手の怪人のお決まりである。

 そして彼らも例に漏れず、だ。


 その行動原理は全くの不明であるが、ただ一つだけ分かっていることがある。

 それは、歩きタバコや暴力行為、悪徳業者など、「公序良俗に反する」個人又は組織が被害を被ることが多いということである。


 もちろん、そのような人間しか襲われないということではないのだが、元々あまりよろしくなかったこの街の治安が回復したという報告もあり、怪人を「法が取り逃した悪を裁く正義の存在」と見る者も一定数いる。


 さて、前置きが長くなってしまったが、重要なのはこの先だ。


 テレビなんかでもおなじみ、怪人が出てくれば、ヒーローも出てくるというもの。

 その最高にかっこよく、可愛く、クールでキュートでジャスティスな正義のヒーローというのが、


「またそれ見てるの?」

「見るに決まっているだろう! 今日のは特に映りが良かった!」

「そのために毎回アレやらせてるんでしょ」


 リビングのテレビの前で、録画しておいたニュースを何度も繰り返し見ている僕を、細めても尚麗しい瞳で見下ろす愛しき我が妹、皆川カミナ。

 怪人同様どこからともなく現れる、正体不明のヒーロー、「クラフトドール」の中の人である。


 普段は肩までの黒髪に、少し小柄なモデルと言ったシルエットの人形のような美少女だが、いざ怪人が出現すると常用のラフなパーカーからヒーロースーツに変身して怪人のもとまで飛んで行く。


 まだ幼さを残す彼女は、その見た目とは裏腹に高い身体能力と気高い正義の心を持っている。

 勉学が苦手で物事を直球に考えすぎるきらいはあるが、それもまた愛嬌。

 兄はそんなところも含めて愛する。しかも小学生の頃から続けている空手は、大会で全国上位の実力だ。


 さて、そんな彼女にヒーローとしての素質を充分に見込んだ僕は、初めて怪人が現れたその日、彼女に「クラフト・ドール」のスーツを贈った。

 僕は頭や手先を動かしてこういった発明をするのは大得意だが、怪人と戦う様な体力は持っていないので仕方がない。


 それに、妹の勇姿を見たいという個人的な欲望がないでもなかった。


 そうして僕に言われるがままヒーローに変身したカミナは、怪人に苦戦する機動隊の前に颯爽と姿を現し、見事に怪人を倒した。

 それ以来正義の心に目覚めた彼女は、二週間に一回ほどのペースで現れ続ける怪人と戦い続けるのであった。


 いや、全く素晴らしい物語だ。

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