第8話新技
春
学年が一つ上がりクラス替えも行われた。
そして、野球部にも新入生が来た。全員で5人だった。昨年の事件の影響で思ったより、少なかった。
---先輩!富樫先輩!
富樫を呼ぶ声が聞こえた。
---おう!信司!
富樫が答えた。
---コイツは後輩の藤原信司。たまに連絡くれたんだ。ここ受かった時も。今日から練習に参加するからよろしくな!ちなみに2塁を守るのが得意だ。好きな食べ物は中華丼。
---富樫さん、もういいですから。自分で言います。よろしくお願いします!
元気よく答えた。富樫よりはいくらかスマートに見えたが、彼も相当鍛えているのだろう。
顏も富樫よりイケメンに見えた。
学年が一つ上がりクラス替えがあった。若林は同じクラスだったが、富樫とは別のクラスになった。かなりほっとしたが、隣のクラスだったため、毎日来た。そのタイミングが朝だったり昼休みだったり授業の合間だったりと、読めず気まぐれで来ていた為、固定することができなかった。当初は呼ばれたり急に目の前に来られたりかなりドキドキしたが、一週間で慣れてしまった。バッテリー会議と称して来ていたため追い返すことができなかった。しかし内容は、ほぼ雑談で野球の話は出てこなかった。部活でも会うのに・・・そして珍しく自分から切り出した。
---若林変じゃないか?
---そうか?いつもと同じじゃないか?
若林は確かに変わらなかった。でも、変わらないのを演じてるように思えてならないのだ。それは時折見せる暗い表情があった。生田はその瞬間を見逃さなかった。授業中見かけたが、一番多いのが部活中だ。
---アレだけのことがあったのに変わらないっておかしくないか?
---確かに。お父さんを慕ってきてウチを選んだって言ってた気がする。
---オレは若林は元気を装ってるように見える。本音を聞きたい。
と、生田は言った。普通に聞いても答えてくれないだろうと、思った。
---俺ん時みたいに富樫が自宅に押し掛けるのは?
---押し掛けるってなんだよ。訪問だよ。それに元とは言え、監督の家に行くっていうのはかなりのハードルが。とりあえず、吉田の時みたいに順番に声かけるしかないね。
そして、昼休み順番に声をかけた。生田の番になり、いつものように若林の所に向かった。すると、若林から声をかけてきた。
---何よ!今度のターゲットは私な訳?!超迷惑なんだけど。
---ち、違うよ!若林に新しい変化球聞こうと思って
---え?あんたまだ覚えるつもりなの?
---うん。どうしても、近藤を押えたくて。それに前の監督?若林の親父にも変化球をもう一つ覚えろって言われてたし
---仕方ないわね。じゃあ、こういう風に握って、触れた指を縫い目に合わせてそれで、人差し指と中指を近づけて投げるとカットボールになる。
---なんかスライダーに似てるな。試してみるよ!ありがとう。
---どういたしまして。この球をマスターして近藤に初お目見えしたら、1打席くらい抑えられるんじゃない?
---近藤を抑えることが出来たら、甲子園がグッと近づく。
---かもね。頑張ってね。うちらの学校を甲子園に!
何やってんだと生田は自分を責めた。若林を元気づけようとしたら逆に励まされてしまった。
その日の部活で若林にもう2度と来ないでと生田と富樫は言われてしまった。
---どうしよっか。とりあえず、仕切り直しだな。
と、富樫は言った。そもそも彼はあんまり乗り気ではなかった。彼が見る限り若林は変わった様子がなかったから。
しかし生田は、その日から違和感を感じなくなった。若林が自然に振る舞っているように感じたからだ。若林は父親が辞任したので、よりしっかりしなきゃとは思った。しかし、若林に気を使って誰も話しかけなかった。事件も風化しつつあった頃、若林に話しかけるものも増えた。しかし、監督の代わりにと意気込んだ若林に頼る者がいなかった。そんなとき生田が、若林を頼って変化球を教わりに来た。理由はどうであれ、頼られた気がして嬉しかった。
生田は早めに帰れた日は積極的に兄を迎えに行った。
---おかえり!
---おぉ、今日は蓮くんか!着いたよー
兄を日中見てくれる施設の人が、迎えに来る人の名前まで覚えている。現場から離れて事務と会計を行ってくれている。本人は裏方と言っていたが、送迎を手伝ってくれていた。しかも、名前で呼んでくれて心が開いた感じがした。最初は警戒したが、何度会っても変わらないその姿勢に心が解けていった。
名前は鈴木一郎と言った。大リーガーと同じ名前と言い、自慢していた。30代後半だろうか?とても明るかったので、年齢以上に若く感じた。イチローって呼んでと言われたが、すぐには言えなかった。名前も覚えやすく、すぐ覚えた。
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