共感性非周知

第1話

ただ、なくなりたい、と思った。

「なくなりたい?」

唐突に問う声。淡々としたその声の存在に初めて気づく。

「出てた、?」

口を覆う。へらっと笑い、聞き流して、と軽くその手を振る。

「なくなりたいって…死にたいの?」

「うーん、死にたい、は違うな。痛いのは嫌じゃん。他人には迷惑かけたくないし。あとそれの持つ意味がでかい。なんかこう、なくなりたい。あーあの人はなくなったんだ、ってよくわからないけど、そう人が思うだけで完結出来るのがいい、みたいな。」

黙ってしまった、自分でもよくわからないことを滔々と語り始めたのだ。困惑させてしまったのだろう。気まずい。気にしないで、と言って離れよう。

「なくなりたい、うん、すっとハマった。合う」

初めてまともにその声の主を見た。自分とは真逆のおとなしめの女子。合う、ハマる、理解者を求めている訳では無いけれど、離れるのが少し惜しくなった。

「わかる?」

「うん、私もそれだ。もっというと、なくなるときに自分がなくなっているのが分かるといいと思う、痛さ以外のサインで。」

「それ、サイコー。めっちゃわかる。悩みでもある感じ?」

「名前も知らない人に悩みを言えって?」

「それもそうだ。2年槇昂輝、よろしく」

「2年佐川奈子、言わないけどね、悩み、ないから。槇はないの、悩み」

同学年、知らない顔だったから意外で、だけど先輩でも後輩でもしっくりこない気がする。

「残念ながら。悩みがないのが悩み、というか俺って悩みって呼べるほどのものがないんだよね。熱中できるものがない、将来の夢がない。こういうのってなんちゃらのためにどうしたい、だけどうまくいかないみたいな、そういう悩みと肩を並べるのは、贅沢じゃない?」

生きる意味がわからないなんて悲壮的なことは言えないけれど、夢や熱中できるものを持っているかどうかって、生きる意味があるかどうかってことじゃないか。趣味を熱弁しあう仲間達の話を聞く時も熱く夢を語る友を茶化す時もどこか心は冷えていた。

「あー、そういうのならあるね確かに。そういうの、悩みにできないのも悩み。それをお悩み相談の場に持って行くとよく考えろ、興味があるものはないのか、で終わりなのも悩み。もちろんあるわ、興味あるものとか、好きなもの。十分数えられるほど。でもさ、それを仕事にしたいか、それに携わりたいかっていうのは違う」

「そうなんだよね。俺、音楽とか映画とか見たり聴いたりのは好きだけど作りたいわけじゃなくて。別に、ショップや映画館には興味ないし。というか、これでミュージシャンになる映画監督になるって短絡的すぎじゃない」

「確かに。そんなんでみんな職業決めてたらこの世界ミュージシャンばっかりになるよ」

「言えてる」

不覚にも笑ってしまう。佐川も笑ってる。教室で馬鹿騒ぎするような、そんな笑いと違った笑いで心地よい。仲間内の馬鹿話を聞くのが嫌なわけじゃない。空っぽで夢も特別な趣味も何もないから自分のことを話すことができなから、そんな熱っぽい話に意味のない共感を繰り返すしかなかった。わからない、なんでそんなに楽しそうなのか。なぜそんなにいきいきできるのか。わからないのに。わかるなんて声を出して笑っている。そういう時ふと自分が自分から乖離して、冷えて乾いていく。笑った顔を貼り付けたまま、夢があって羨ましいと、話せるようなことがあっていいなと嫉妬して、生きる意味なんてわからないなんて思っている。それが友を裏切っているように感じているから素直に笑えなかった。そんな乾いたものじゃなく、心の底から佐川の言葉は共感できる。たぶん仲間にはわからない罪悪感を持った自分の気持ちを本当にわかってくれているのではないかと思った。耳に馴染んだチャイムが鮮やかに鳴った。

「帰ろうか」

「うん…俺、よくここいるから。また」

「また。私はたまたま通っただけだけど、気に入ったし多分また来る。じゃあね」

軽く手を降って答える。そのまま少しその背中を見届ける。別れの言葉を言ってしまった手前、一緒に出ていくのは気が引けて、振り返って一息つく。人気の付かない外階段の3階。出会ったのが定番の屋上や校舎裏ではないのが、先程初めて会ったばかりなのに自分たちらしいと思った。

。また、と声に出さず復誦して傍らのバックに手をかけた。

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共感性非周知 @mmaakkoottoo

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