第14話


 三重から京都まで自転車で行く旅は、結局三日も掛かってしまった。

 俺と藤沢さんは京都に着いた頃にはもうヘロヘロで、一日ラブホテルで宿泊して疲れをとった。

 その最中、藤沢さんが自分のチャンネルでファン向けにコメントをした。


「明日京都のダンジョンに行きます。そこで重大発表があります」


 コメント欄はすでに大荒れで、早く出頭しろだの犯罪者だと散々なものだったけれど、藤沢さんはそのコメントを見るたびに魔法遺物から錠剤を口に入れて飲んでいた。もしかしたら心が安定するのかもしれない。

 チャンネル登録者数はすでに5万人を超えていて、それはニュースでブーストした本来の人気ではなかったけれど、重大発表の効果は十分にあると思われた。


 ラブホテルの一室の、ダブルベッドの上にあぐらをかいて、俺は椅子に座っている藤沢さんを眺めた。

 スマホを一心不乱に操作している彼女とは何度か体を重ねたが、その度にどこか彼女が遠い人間なのだという実感が大きくなっていた。

 たとえば藤沢さんがいつも更新しているSNSでエゴサをしながら歯噛みしているところとか、街ですれ違った女子高生の顔品評するところとか、向精神薬をエナジードリンクで飲み干すところを見ながら、俺と藤沢さんの人生が重なり合うのは今この旅をしている瞬間だけなんだろうなと、そう思った。


「ねえ、ピ。明日は日本でわたしたちが一番の有名人になるよ。ついにお披露目するんだ。日本が隠しエリアも見つけられない無能だってこと、わたしがほかの人間とは違う優秀なところがあるんだってこと、藤沢ファンシーが配信者で一番視聴者数をとって、見せつけてやるんだ」


 藤沢さんは俺のほうを見た。その瞳の色は歓喜や機体の色は見えなくて、ただただ嫉妬や復讐心のような黒いタールみたいな色に浸食されているように感じた。


 たぶん、俺も同じような目なんだろうな。


「藤沢さん、明日から何が起こるか予想できなから今のうちに聞きたいことがあるんだけど」


「なに、ピのお願いなら何でも聞いてあげるよ」


 藤沢さんが椅子から立ち上がって、こちらに倒れこんでいた。受け止めると、花のような甘い香りがする。


「お願いというか、質問というか」


「なぁに」


 藤沢さんが俺の首筋あたりにキスをしてくる。くすぐったくて変な声が出た。


「なんで、キサラギを殺したのかなって」


 頭のおかしい奴らばかりに出会って、俺の価値観も社会とはだいぶずれてしまったような感覚があったけれど。

 藤沢さんがキサラギを殺した事実だけは、今も心の底で澱のように残っている。


 藤沢さんのキスが止まって、首筋に歯が当たったのがわかった。背筋をぞくりとした悪寒が駆け上がった。


「わたしだけのピが離れていきそうだったから」


 ただそれだけで。ただそれだけで人を殺せるものなのか。


「わたしはね、わたしだけを好きな人が欲しいの。ピもそうだし、わたしの配信を見てくれる視聴者だってそう。それがなくなるのなんて、わたし、嫌」


 首筋をすこし噛まれて、その弱い力が肉を伝って胸の奥にまで流れ込んでいく。藤沢さんへの嫌悪みたいな負の側面が、その弱い力によって溶かされていった。


 結局のところ、俺があのとき、あの本屋に行ったことが間違いだったのだ。



 ***



「みんな久しぶり、こんファンシー! 今から京都にある第七ダンジョンに侵入しまーす」


『犯罪者乙』


『こんファンシー! 最高の配信始まった。スリルがすごい』


『こんファンシーって言えばいいのか』


『警察VS配信者、ファイ!』


『こんファンシー! ファンシーちゃん犯罪者でもかわいい』


『こんファンシー! 応援してます』


 動画サイトの配信で流れていく様々なコメントには、今の世間の俺たちへの評価が表れているようだった。


 俺は藤沢さんの横に無言で立ちながら、周囲を警戒する。京都第七ダンジョンの近く、雑居ビルと雑居ビルの間にある路地裏で、俺と藤沢さんの配信が始まった。

 あらかじめ京都のダンジョンへ行くと申告しているのだ。今この瞬間にも警察や国家探索員が確保しにきても不思議じゃない。


「みんなに黙っていたことがあります、な、な、なんとわたしは魔法異物を持っているのです」


『!?』


『魔法遺物持ってる?!!?」


『やばいだろ。どんだけ金持ちなんだよ』


 コメントが大量に流れる。


 そのまま藤沢さんは俺と手を繋ぎ、透過の魔法遺物を発動させた。雑居ビルを透過し、京都第七ダンジョンを囲う店舗を通り過ぎ、アダマイト壁さえ透過して通過していく。

 その間も配信は続いていて、無機物であれば一緒に透過されるんだなとか、視聴者数が3万人を超えたなとか、雑居ビルで仕事をサボっていたであろう大人の驚く顔が面白かったな、なんて考えていた。


 ダンジョンの受付でお金なんて払わずに、俺と藤沢さんは京都っ第七ダンジョンに降り立つ。

 夜光草の光に照らされた藤沢さんの表情は恍惚としたものにみえた。


『!!!??』


『体が透明になってて笑った』


『完全に特級レベルの魔法遺物です。やばすぎ』


 相当レベルの高い魔法異物を、未成年である藤沢さんが使ったのが衝撃的だったのかコメントの流れはもはや早すぎて俺の目では追いきれなくなっていた。


「みんなはわたしがすごい人間だってわかったよね? わたしにはすごい力があって、おまえたちとは違うのさ」


 胸を逸らして見せる藤沢さん。その度胸だけは見習いたい。


 藤沢さんはコメントを追って読み上げてみせる。


「ふーん、『どこかから盗んできたんだろ』か。わかってないよ、みんな。わたしはもう両手の指じゃ足らないくらいの魔法異物を持ってるんだよ。証明してあげるよ、みんなに」


 ダンジョン内部には観光地として有名だからか観光客も多くいて、急に壁から透過してきた俺たちを見て驚いている。

 そりゃそうだ。


「ねえ、ピ。重大発表、いっちゃうよ」


 藤沢さんは俺を見て言った。ツインテールで、服は黒色のフリルの多いガーリーなファッション。

 あれから調べて知ったことだが、これは地雷系ファッションというらしかった。


「わたしはダンジョンの隠しエリアを見つけることができるんです」


 藤沢さんは俺とまた手を繋ぐ。藤沢さんには珍しく、手汗をかいていた。その人間的な反応に、彼女の本質を見たような気がした。


 京都第七ダンジョンの隠しエリアは、観光客の大勢いる広間の真ん中にあった。広間の中心には赤い鳥居が建てられていて、その鳥居を藤沢さんがただ通り過ぎるだけで――隠しエリアに到達した。


 隠しエリアは細い通路に多くの鳥居が連なって重なっていて、遥か彼方までその光景が続いている。無限の鳥居だ。


『すげええええええええええ』


『京都のダンジョンにこんなところなかっただろ……』


『隠しエリアマジ?』


 視聴者数、8万人。登録者数を超えている。インフルエンサーか何かが大々的にこの配信を紹介したのだろう。


「隠しエリアがあるのはここだけじゃないよ。他にも多くある。ここにはわたしが今所持しているみたいな魔法遺物があって、国はこのエリアの存在がわかってなかったんだ!」


 藤沢さんは一番星のような輝く目を見開いて、そう叫んだ。

 もしかしたら、俺が見た中で一番の笑顔だったように思う。


「大人はみんなバカだ! こんな簡単なことがわからなくて、わたしみたいなバカよりずっと考えなしなんだ!」


 もう俺はコメントを見てなかった。藤沢さんの横で、俺も叫んでいたからだ。


「日本はクソですわ。俺たち以下だ!」


 叫んだ瞬間は、胸がすく思いだったのに。


「俺なんて不登校だぜ? こんな奴でも見つけられるのに、どうなってんだよ」


 なぜだろう、こんなにも虚しく感じるのは。


 この瞬間、視聴者数は10万人を超えていたように思う。

 なぜ確定ではないかというと、配信が切れたのと、俺たちの前に突然ひとりの男が現れたからだ。


 シンザン――ではない。


 スーツを着ていて、端正な顔立ちをしていて、いかにも出来るサラリーマンのような出で立ちをしている。


 国家探索員、本山ハルキ――俺の父親だった。

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