第13話
「温泉入りたいよね」
藤沢さんが道の駅の特筆すべきことはないレトルトっぽいカレーを食べきったあたりで、俺に言った。
「宿泊するのはラブホテルでいいとして、でも大きいお風呂に入りたい欲が今高まっている」
「高まってるんだ」
温泉に入りたいのなら旅館に泊まればいいじゃないかと思ったが、明らかに未成年の二人が宿泊に来たら警戒されそうだ。
ラブホテルは確かに宿泊先として適している気がする。ただ、温泉か――
「このあたりに温泉なんてあるかな」
自分の食べたうどんのどんぶりを横にどかせて、スマホの地図アプリを立ち上げる。『温泉 日帰り』検索。赤い矢印がいくつか表示されて、近くにあるのは市内にいくつか店舗のあるチェーン店の温泉だった。
道の駅のレトルト的食事を食べるくらいなら先に温泉に行きたかったなと思いつつ、自転車に三十分ほど乗って目的地の温泉へ向かう。
途中で警察の車両を見かけて横道にそれて難を逃れるというアクシデントがありつつも、藤沢さんと俺は温泉へ着いた。
玄関には下駄箱があって、その先に受付があるスタンダートな造りだ。店内で流れているBGMは子供をあやすみたいなヒーリングミュージックで、客はみんなどこか弛緩した表情に見えた。
「一時間後に集合ね、ピ。出たら一緒にコーヒー牛乳を飲もうね」
とか言うお尋ね者にあるまじき平和的提案をしてきたが、俺もその提案を飲んだ。最高だよな、温泉のあとのコーヒー牛乳。
やはりというか当然というか、もちろん温泉は男女別の為、藤沢さんと入り口で別れて
男風呂に入る。
熱気の中にフルチンの男性と、少しべたつく床のスノコにコインロッカーがある。最近非現実的出来事が多かったので、日常的な風景を見て癒された。
自分もてぬぐいだけのスタイルになり、まずはシャワーで体を洗い流し、温泉に入ることにした。
やっぱり露天風呂だよな、と秋の冷たい風に体を震わせつつ、露天風呂に足先から入浴する。
熱い。
つま先から徐々に熱い温度が身体へ侵食していき、下半身から肩まですべてお湯に浸かると、そこには完成された人間の楽園がそこにはあった。
最高だぜ。
やっぱり旅には温泉だよな――
「いやあ、やっぱり温泉ですよね。ダンジョン帰りにはぴったりです」
隣にいた人に話しかけられた。シンザンだった。
急いでお湯から出ようとするとシンザンに足をつかまれて変な体勢で露店風呂に突っ込むことになった。
慌てて顔を出して呼吸をする。死ぬかと思った。
「そんなに暴れなくてもいいじゃないですか。僕と本山さんの仲なんですから」
仲良くねーよ。
シンザンは頭にてぬぐいを乗せていて、目をつむりながら温泉を楽しんでいるようだった。俺は楽しめない予感がひしひしとしてきた。
「どうですか、ダンジョンの攻略具合は。良い魔法異物が見つかりましたか?」
目を開いて俺を見るシンザン。
言いたいことは山ほどあったが、最初に俺が言ったのは、
「丸眼鏡ないと全然わからねえな」
「トレードマークですからね。すみません」
閑話休題。俺はシンザンにうらみがましく言う。
「そんな暇ないよ。今俺たちが警察や国家探索局に追われてるのは知ってるんだろ? 全部お前のせいだよ。あのダンジョンクリアできなかったし、つーかお前の弟子のキサラギ、死んだぞ」
シンザンはまるで日常で起こるたわいもないことを親が笑うように「フフッ」と笑って、
「あれは弟子ではありませんよ。勝手にわたしに押しかけてきたビッチの殺人鬼です」
「ビッチの殺人鬼!?」
そんな奴と冒険させんなや!
「前科アリのバリバリ殺人鬼ですよ、あの方は」
「なんでそんな奴とダンジョンに放り込んだんだよ」
俺が言うと、シンザンはもう一度軽く笑った後「面白かったでしょう? 僕は面白かったですよ」
そう言った。
「何か恨みでもあるのか……」
俺はシンザンを睨み、大きくため息をついた。俺たち、こいつに恨まれるようなことしたか? ……たぶんしてないよな?
シンザンは口を少し開いてやや驚いたような表情をした後、
「恨みなんてとんでもない。僕はあなたたちが好きなんですよ」
「それならなんで――」
「だって、青春じゃないですか! 高校生である男女の二人がボーイミーツガールして、全国津々浦々旅をして、恋あり冒険あり、そしてヒロインに宿る秘密の力――この状況に心が躍らない独身男性はいません」
独身なんだ、シンザン……。いや、そんなことより。
「じゃあ助けに来てくれたっていいだろ。今だって東京から何らかの魔法遺物でここまでワープみたいに飛んできてるんだよな? お前ならできたはずだ」
「だってそれじゃあ、つまらないでしょう。せっかく誰にもすぐに恋をする元殺人鬼の美女を送ったんですから。あったんじゃないですか、男女のアレコレ! 三人で協力してダンジョンを踏破! ……まあ、クリアできず、ひとりは殺されてしまったみたいですけど」
どうやら、シンザンはその見た目通りかなり変態的嗜好の持ち主だった。
正直、俺にはこいつをどうすればいいのかわからなかった。
力量差は圧倒的にシンザンのほうが上だろうし、逃げることは魔法遺物の彼我戦力的に不可能。
しかし、このままじゃろくにダンジョンにも行けない――
「ああ、すみません。僕って興奮すると突飛な行動をしやすいみたいなんですよ。僕にあなたたちの邪魔をする意図はありませんよ。あのダンジョンの件は謝ります、すみません」
伝説的シーカーが頭を下げてる姿、初めて見た。何か居心地が悪くなって、頭を掻く。調子の狂う大人だ。普通だったら明らかにヤバイ奴なのに、どこか許してしまいたくなる雰囲気があった。
「お尋ね者になった責任、取ってくれるのかよ」
顎のあたりまで温泉に浸かりつつ、湯気を眺めながら言った。
「そりゃあ、もう。もし警察や国家探索局が本気になったらあなたたちの旅が終わってしまいますからね。僕が裏でがんばっている結果、こうして温泉に入れる現状があるんですよ。これは真実です。信じてくださいよ」
ものすごく信じられない。信じられないが、たしかに俺たちのシッポすら掴めない警察や国家探索局には違和感があった。
シンザンの圧力があったのなら、まあ納得は出来る。
でもなあ。
「僕はあなたたちを応援したいんですよ。ちょっとやりすぎましたけど、これからは自重するので、仲直りしましょう」
シンザンは目を細め、にこやかな表情をした。それはまさに詐欺師のような笑みだった。
「いいですけど……、べつに俺たちは、人生が台無しになったとか、そういうことも考えていないし」
「なんだったらすべてが終わった後、就職先としてシーカー協会に入ります? せめて罪滅ぼしに」
それはとても魅力的な提案だったけれど、俺は首を横に振った。
「今は、藤沢さんと旅を続けたいんだ。そういう先のことは、考えてない」
シンザンは喉を「ククッ」と鳴らして「いいですねえ」と言った。
それから俺とシンザンは何も話さずにただただ温泉に浸かっていた。空を見ると透き通った夜空が見えた。
視線を戻すとすでにそこにシンザンはおらず、たぶんまた東京の未踏破ダンジョンにでも行っているのだろうと思われた。フルチンの姿でな。
男湯を出て広間に行くと、藤沢さんが頬をふくらませて待っていた。
「遅いよ、ピ! 女の子より長風呂なのはすごいよ」
「ごめん、ちょっと知らんおっさんにからまれて長話をしててさ」
言い訳しつつ、自販機でコーヒー牛乳を購入する。ビンの自販機なんて東京ではそう見ない。機械で内部のコーヒー牛乳が取り出し口まで運ばれてきて、それを手に取った。
茶色の液体の入ったビンは、ひんやりと冷たい。
「じゃあ一気に飲むよ、ピ! コーヒー牛乳はね、こうやって腰に手を当てて、一気に飲むのが風流なんだよ!」
風流なのかはさておき、藤沢さんに倣って腰に手をやり、一気にコーヒー牛乳を飲んだ。
気管のへんな場所に入って思い切りコーヒー牛乳が鼻から出てきて死ぬかと思った。
今日は二回も瀕死になったわ。不死身だけど。
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