第12話
愛知県と三重県の県境を自転車で走りながら、藤沢さんのあとに続く。たまにサイレンが鳴るとビクッとするけれど、それはたいてい別件のパトカーだったりする。
この旅を夏に始めなくてよかったなんて思いながら、藤沢さんの水分補給のためにコンビニに寄った。自転車置き場に俺の愛車ストロング大佐を停めて、息をつく。
不死身の身体と秋という季節に乾杯したくて、炭酸飲料を購入する。
「ピはエナジードリンク買わないんだ?」
藤沢さんはエナジードリンクの缶にストローを差して飲んでいた。コンビニのフードコートから見えるのは名前もわからない山々と、どこにでもある地方の風景だった。
パチンコ屋に牛丼屋にありきたりな不動産会社が作った建売家屋に需要があるかわからないスーツ屋。
そんな街並みを眺めながら、つい数日前に起こった事件のことを思い出していた。
キサラギの死。そして俺と藤沢さんが警察のお尋ね者になったこと。
助けようと思った俺がダンジョンに舞い戻ると、すでにそこでキサラギさんは事切れていた。衰弱死ではなく、明確に殺傷されていた。
詳細は言いたくない。ただ言えることは、俺と藤沢さんは犯人ではないし、おおよそ見当はついていた。
シンザンだ。
これといって証拠があるわけではなく、俺がそう思うだけだ。
ひとつ言えることは、警察は俺と藤沢さんがキサラギを殺したと思っているということだ。直前に配信していたのは俺たちなんだから、重要参考人なのは当然なのだが。
弁明してもよかったのだけれど、俺と藤沢さんが選んだ道は警察から逃げながら配信生活を続けることだった。藤沢さんが新たに手に入れた魔法遺物さえあれば、ふたりで逃げ続けることはそう難しくない。
しかし、元の普通の生活に戻ることは不可能で、俺は完全にレールを外れたことになる。
やったね。
もう二度と学校に行かなくてもいいかもしれない――なんて軽く考えてみることにする。炭酸は喉を刺激しながらおなかの底に落ちてやがて消えていく。
「ピはさー、もしかして後悔してる? わたしと一緒に来て」
炭酸を飲み干して、空のペットボトルを握ってペコっと小さく鳴らした。
後悔を全くしてないかと言われると、どうだろう。
案外してないかもしれないな。どうせ俺の人生なんて高校に通っていない時点で終わったようなものだし。
そう考えれば、警察に追われているこの状況も、あの頃と変わらないように思う。
終わってるレベルがあるとしたら80から100になった程度だ。
大した変化じゃない。
そうだよな?
「シンザンと出会ったことは後悔してるよ」
これはマジ。
「あははは。あの人にたぶんハメられたよねー。わたしの能力のこと、嫉妬していたのかも。どういう思惑があるのかはわからないけど」
とりあえず。
俺たちはコンビニから出た後は自転車に乗って引き続き京都を目指す。
新幹線や電車に乗るのは魔法遺物の力があったとしても確保されやすいからだ。さすがに囲まれたら国家探索員の魔法遺物対策を食らう可能性もあるしな。
自転車はキサラギの死を知ってから量販店で買った。俺の自転車はロードバイクで名前はストロング大佐。藤沢さんもロードバイクで名前はツラミちゃん、というらしい。
俺は不死の力なのか疲れがあまりなく、藤沢さんは魔法遺物の薬の力で疲れ知らずだ。
市街を通り抜け、やがて両側が山になる。空気は東京のものよりずいぶんと湿気を含んでいて、木々の香りがする。
自転車に乗ったのは久しぶりだけれど、自分が漕いだ分だけ前に進むのは爽快感があった。
しばらく自転車をこいでいると、日がかげってライトをつけた。夜の帳が下りたという表現があるけれど、まさに漆黒のカーテンをかけている途中みたいに、空が黒く染まっていく。
東京の空とは違って、夕方でも多くの星が見えた。
前で走っている藤沢さんのツインテールが揺れて、暗闇の中で泳ぐ細長い魚のように見える。
「トラックあぶねえ」
と、藤沢さんが大きな声を出す。自転車道なんて存在しない田舎の国道だから、俺たち自転車のすぐそばを大型のトラックがスレスレで走っていった。
俺は死なないけど藤沢さんは死んじゃうな。
そう思うと俺が前を走ったほうがいいような気もしてくる。爆速で自転車を漕いでいる藤沢さんを追い抜くのは至難の業だが、そこは不死の力で疲労を度外視した全速力の足の動きでカバーしていく。数分も走ると、藤沢さんと並んだ。
藤沢さんの横顔を見る。
轢かれそうなのに笑っていた。
どうやらスリルを楽しんでいるのかもしれなった。
「俺が前で走るよ!」
「わたしがリーダーなのぉ!」
そういう設定だったんだ。知らなかった。
「道の駅が見えてきたよ! ちょっと休憩しようぜ!」
俺は藤沢さんに先頭を譲って、後ろに下がる。
道の駅まで数キロあったが、俺と藤沢さんの全速力で10分以内に着いた。さっそく人気のないトイレに行くと、さっき摂取した炭酸水がそのままの色合いで体から排出されていく。
若者の人間離れってやつだ。
トイレを出ると、まだ藤沢さんはいなかったので近くのベンチに座ってぼんやりとする。
あれから――ダンジョンを脱出して、キサラギの死を知って、国家探索局や警察を恐れて逃げ出してからまだ二日しか経っていないのに、ずいぶん昔のように思えた。
様々なトラックが駐車しているだだっ広い駐車場は、あまり外灯がないせいで真っ黒な海みたいだ。
空のほうが無数の星々に照らされて明るい。
スマホから動画サイトの登録者ページを開くと、登録者数が5万になっている。
ニュースサイトで結構有名になったからな、俺たち。
キサラギの死と、直前まで一緒に配信していた俺と藤沢さんは当然のごとく疑われたし、こうして逃げているのだから顛末や現状を知りたい人が多く登録するのは理解できた。
犯罪者のSNSって結構フォロワーとか増えるしな。
今の俺たちがそれと同じってことだ。
「あれ、もしかして配信したいの? ピ」
ハンカチで手を拭きながらトイレから出てきた藤沢さんが画面をのぞき込みながら言った。
「さすがにバレるでしょ」
配信なんてしたら今の居場所とかが明らかになって、すぐお縄になりそうだ。
「大丈夫じゃない? ほら、この間取った魔法遺物の力があればやり過ごせるし」
「この間取った魔法遺物って、アレのことか」
俺とキサラギがダンジョンに閉じ込められ散る間、藤沢さんが探してくれた魔法遺物のひとつ。
力を共有する魔法遺物だ。
それは腕時計のような形をしていて、手を繋いでいる間、ひとりだけ魔法遺物の力を共有することができる。
つまり藤沢さんの透過の魔法遺物の力が俺にも適用される。
あの時はこの力を使って、俺と藤沢さんだけダンジョンを脱出できた。キサラギを助けることを渋っていた藤沢さんだったが、俺の懇願に折れてダンジョンに入っていってくれたんだ。
そこで藤沢さんはキサラギの死体を見つけた――らしい。
他殺体だったそうだ。
ナイフのようなもので切られていたとは、藤沢さんの談。
藤沢さんが助けに行ったときは、すでにキサラギは死んでいたのだ。
いったい誰が殺したのだろう――
「……そうだね。あれがあれば警察もやり過ごせる」
「今やったら、すごく盛り上がりそうだよね、配信!」
そりゃ盛り上がるだろう。俺は藤沢さんに「うん」とだけ短く言ったのだった。
***
ダンジョンから遺体発見される 有名シーカーか 愛知
愛知県豊田市XX町の個人所有ダンジョンでXX日に遺体が見つかり、県警は殺人事件とみて捜査を始めた。捜査関係者によると、遺体はシーカー協会に所属するB級シーカーとみられ、同時刻配信していた10代の男女とみられる配信者を重要参考人として国家探索局と協力し捜索している。
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