第9話
「せめて足手まといにはなるなよ」
という明らかに居丈高な物言いサムライ、キサラギ。
しかし、とくに俺は腹も立たなかった。
いきなり抜刀してくる奴とか恐怖しかないだろ。
失礼だとか気に食わない以前の問題だった。
もし俺に魔法遺物の不死の力がなかったらお前は今頃殺人犯なんだが?
山道を登って小さな洞窟――シンザンのプライベートダンジョンの前に着くまで、俺はずっと警戒し続けていた。
シンザンの個人所有のダンジョンは、秋葉原や中華街のものとは比べ物にならないほど小さく、ぱっと見た所ただの山の斜面にある洞窟にしか見えない。
観光地化されたダンジョンとはもちろん違って、商業的な店舗もない。ただの山と森と洞窟だ。
RPGでいうと中にショボイ宝箱か骨だけがあるパターンの奴。
「このダンジョンは数年前に出現したのを師匠が――」
「こんファンシー! 今日はなな、なんと未踏破のダンジョンの攻略をするよ! しかもシーカーのキサラギさんとのコラボだよ。よろしくねー♡」
キサラギの殺意がすごい。配信中に見せて良い表情じゃないだろ。
藤沢さん強心臓すぎる。
俺の心臓は今にも破裂しそうなくらいなのに。
そもそも未踏破ダンジョンを素人が攻略するなんてダンジョンが現れた黎明期じゃあるまいし、無謀にもほどがあった。
今回はシンザンがバックについているというか、彼の影響力で問題にはならなさそうだが、普通だったら国家探索局に目を付けられる行為だ。
「師匠は私たちに期待してくれている。くれぐれも邪魔はするな」
ダンジョンの中へ突き進んでいくキサラギに続いて、藤沢さんも配信をしながら入っていく。
「勇者しかいねえ」
明らかにモブメンタルな俺は最後になってしまった。
ここで呆けていても仕方がない……。
俺も覚悟を決めてダンジョンへ足を踏み入れた。
***
未踏破ダンジョンに足を踏み入れるのは初めてだった。
まず観光地化されたダンジョンとの違いは未舗装だってことだ。当然ながら人の手が入っていない為、アスファルトやコンクリート、照明と言った類のものはない。青色や黄色や緑色の夜光草に照らされているだけの、ありのままのダンジョンの姿がそこにあった。
奥底からは風の吹き抜ける音や何かが叫んでいる声がする。
やっぱ止めようかな。帰ろう。帰って牛丼でも食べて寝よう。そういう気持ちにさせる光景だ。
「私の後ろにいてください。ここで死なれると師匠の沽券にかかわるゆえ」
出会いがしらに人を切りつける奴の台詞じゃねえ。
矛盾の塊だろこいつ。
しかし反対する理由もないので、キサラギ、藤沢さん、俺の順番で進んでいく。ひっきりなしに配信を続けてマシンガントークをする藤沢さんのおかげで少しは緊張感が和らぐ。
「みんなどんなモンスターが出ると思う? みんなにアンケート取りまーす」
1:ゴブリン的な奴
2:スライム的な奴
3:ドラゴン
4:ゾンビ
「えーっと、3番が一番多いね。期待!」
期待しないでくれ。ドラゴンなんてA級以上のシーカーが徒党を組んで倒すもんだろ。たしかキサラギはB級シーカーだったはず。
出会った場合逃げる以外の選択肢がない。
おそるおそるキラサギのあとをついていくと、細い通路の先に開けた場所があるのが見えた。ここまでモンスターには出会っておらず、もしかして何もいないんじゃないかという希望は、その開けた場所によってあえなく砕けた。
モンスターの群れだ。
モンスター、と形容していいのかわからないが、折り紙――の折鶴をそのまま大きくしたような生命体が、数体広間にいる。
地上から一メートルくらい浮いていて、浮きながら移動している。
「私が一体ずつ仕留めるでござる。おまえたちはそこで待機しておいてくれ」
それは願ったり叶ったり。
俺は藤沢さんと目配せして、通路の後ろに下がっていく。
キサラギの腕前を見ておこうと待機していると――あれ。
すでに数体いた折鶴は、空中から地面に墜落していて、体をバラバラに切り裂かれていた。
この間数秒の出来事だ。
シンザンを師匠と呼ぶくらいには、彼女にも戦闘力があるらしい。少なくとも俺にはできそうもない。
「奥へ行くぞ」
キサラギは刀を鞘に納めて言う。藤沢さんは「やっぱり現代に侍っているじゃん、ピの嘘つき」とかぶつくさ言っているくらいには、まさに侍然とした立ち振る舞いだ。
格好いい。
殺人鬼じゃなければな。
俺と藤沢さんは配信者としての仕事を全うしつつ、キサラギが折鶴を切り伏せていくのを拍手する観客のような立ち位置になっていた。
そもそも俺に倒せる気がしないし、藤沢さんも配信中に魔法異物を使うわけにはいかないのだろう。
このままキサラギに任せておけばダンジョンクリアもすぐな気がする。
B級シーカーってこんなにも強いんだな、なんて思いながら先を進んでいく――が、ダンジョンにはあるはずの奥地、ボスといったモンスターが全く現れない。
秋葉原ダンジョンみたいな大型ダンジョンは、観光地化されるときに奥地への通路が塞がれていて、実際は十数キロも地下に続いている。そのため攻略には数か月、または数年かかるのが普通なのだが――今俺たちがいる小型のダンジョンはあって数キロのものがほとんどだ。
だからこのダンジョンも数時間でクリアできると勘違いしていたが、どうやら何事にも例外はあるようで、何時間歩いても奥地にはたどり着けない。
さすがにキサラギも疲れが見えて、通路に腰かけて持参の竹筒から水を飲んでいた。そこも侍っぽいんだな。
俺も疲れがあって、地面に座り込んだ。とくに喉は乾いていなかったので、藤沢さんの配信コメントをぼんやりと見る。
『なんかさっきもこの通路見なかった?』
『わかる。アーカイブ見てもそっくりな場所があった』
――え。
「うーん、ピ。わたしもみんなと同じ意見だよ。たぶんループしてるよ、このダンジョン」
「マジかよ」
ループ。昔やっていたゲームにも同じような仕掛けがあったのを思い出していた。
正解の手順を踏んだり正しい道を進まないをいつになっても先へ行けないタイプのダンジョン――それがここってことか。
「そうならもうお手上げだろ。正直」
救出さえ考えたほうがいいレベルだ。自分たちだけでその正解の手順を見つける前に倒れるほうが早そうだ。
幸いなことに電波は通っているので、すぐにでも警察やシーカー協会、それかシンザンに直接助けを求めたほうがいい気がする。
「あっ、配信切れちゃった」
「嘘だろ?」
自分のスマホも確認するが、電波が切れている。最新のダンジョン対応型のスマホなのに電波が切れるなんて――
何かがおかしい。
藤沢さんが「ちょっと一旦地上に出て電波確認してくるよー。リスナーに謝らなきゃ」と言って、ふわふわと空中に漂いだして天井のほうへ透過していった。
どうやら藤沢さんの魔法遺物は透過というより幽霊のような存在に変化するものなのかもしれない。
なるほどね……。
「なんだあいつは……やはりあやかしの類」というキサラギの台詞には同意しかないが、まあすぐに藤沢さんが助けを呼んでくれるだろう。
そう俺は思っていたのに。
気づけば、この出来事からすでに24時間が過ぎていた。
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