第8話


 新幹線の座席でペットボトルの水をがぶ飲みしながら「頭いてー」と呻いている男子高校生はおそらく今、全国にそう数はいないと思われた。

「そうだ、京都に行こう」

 昨夜の公園でいきなりそんなことを言った藤沢さんの思い付きによって、今俺と藤沢さんは新幹線に乗っている。


「不死身なのに二日酔いってするんだね。そこは格好悪いね」


 他人事だと思って適当な返事をする藤沢さん。スマホを見ながら朝食のサンドイッチを片手で食べていた。

 なぜ京都に行くことになったのかはよくわからないが、とりあえず俺も悪い気はしなかった。横浜はまだ東京圏内というか、遠くに来た気がしなかったし。

 どうせ家出でするならいっそ遠くに行きたい。いずれは沖縄とかにも行ってみたい。この旅がいつまで続くのかはわからないけれど。


「しかし、京都かあ。中学の修学旅行先が京都だったよな」と俺が藤沢さんに訊くと「そうだっけ」と気のない返事をされた。やべ、そうだった。藤沢さんはそのとき不登校だったっけ。


 失言のせいで、新幹線が動き出す時間になっても、どうも空気が悪い。俺が変なことを訊いたのが悪かったんだけどさ。

 手持ち無沙汰になって俺もスマホを触っていると、ニュースサイトの見出しに「シンザン、東京第十ダンジョンの攻略を始める」というものがあった。

 あの人、ちゃんと仕事してるんだな。

 ひらかれた攻略を意識し、国民への還元を重視して攻略したいと思います――とはシンザンの談。

 本当かよ。あの人、隠しエリアのことひっそり楽しもうとしてるぞ……。俺のことも蹴落としてきたし、結構クソな性格だと思う。

 なんて思っていたら、藤沢さんがこちらを向いて、


「なんか、シンザンさんから連絡があった。個人所有の未踏破ダンジョン、攻略の手伝いをして欲しいって」


 やっぱりクソだった。


 ダンジョンは現在も世界中で生まれ続けているのは周知の事実だが、基本的にダンジョンは国家所有のものになることが多い。

 ダンジョン内の特殊な動植物や魔法遺物は国にとって最重要資源といってもいいものだからだ。

 しかし、たまに個人所有のダンジョンもあることは知っている。資産のある好事家が所有していたり(それでも小規模なものだけど)、一部のシーカーが管理していたりする。

 今回は後者のパターンだけど、よく俺たちみたいな素人を攻略に参加させるよな。


 当初俺は未踏破ダンジョンに行くことに反対していて、それは何の能力もない俺がそんな場所に行ったらすぐに死ぬからだ。

 ただ藤沢さんの一言「精子が銀色なのに?」で、目が覚めた。

 そうだった。俺はもう、何の能力もない人間じゃなくなってたんだった。

 あんまり格好良くないけどさ。


 シンザンが所有しているダンジョンは愛知県の一角に存在するらしく、新幹線で愛知県まで向かって、そこから電車に乗り、バスまで利用してやっと着いた先はド田舎だった。

 いや、東京に住んでいるからそう思うのかもしれないが、愛知県の片隅ってこんなに田舎だったんだな。

 豊田市といえば車で有名だと思っていたけれど、見渡す限り山と国道しかない。

 移動時間がやたらかかってすでに昼過ぎになっているし、まだ何もしないのに疲れていた。

 藤沢さんは元気だけど。


「ねえ、ピ! 見て見て! 五平餅だって! 食べようよ!」


 五平餅でそんなにテンション上がることある? しかし年相応にはしゃぐ藤沢さんはそれはそれで可愛かったため、俺も一緒に五平餅というノボリが立っている古民家に入った。約束の時間までまだ一時間くらい余裕があるしな。

 中にはばあちゃんの店員が一人と若い女性の客が一人いて、五平餅の味噌の香りがしていた。

 座敷に上がって久しぶりの畳の感触を懐かしんでいると、藤沢さんが湯呑でお茶を飲んで、


「あの人、どこかで見たことがある気がするな」


 藤沢さんが目配せした先には、一人の女性客がいた。

 黒髪のポニーテールに、切れ長の目ですっと通った鼻梁、美人と言って差し支えない。歳の頃は二十歳頃だろうか。なぜか時代錯誤な藍色の着物を着ている。そんな女性が団子を食べているのでまるで時代劇の役者のようだった。

 というか、傍らに日本刀が置いてあるんだが。

 完全に侍でしょ。


「サムライだな」


「今の時代もいることにいるんだね」

 いや、いないが。普通はいない。


 俺と藤沢さんがジロジロ見たせいか、サムライの女性は俺たちを睨みつけてくる。さすがに不躾すぎたな。


「んー、やっぱり見たことがあるんだよね。えーっと、そうだ、シーカーの配信者だよ。たぶん」


「シーカーの配信者」


 シンザンのことを知らなかったのに、俺も知らないようなシーカーの配信者は知っているんだな――いや、そう言えば。


「……俺も見たことがあるような」


 記憶の奥底に、最近流行ってきている女性配信者の一人――が思い出された。そうだ、キサラギだ。サムライシーカー、キサラギ。


 正直女性の配信者は興味がなかったので全く見ていなくて、今思い出せたのもサムライ風の服装が独特だったからだ。


 藤沢さんはそのサムライシーカーキサラギに小さく手を振った。なんだろう、同業者意識なのかな。

 あっ、無視された。


「む、無視されたよ……鬱」


 仕方ないような……。俺は適当に藤沢さんを慰めて五平餅を食べた。

 美味い。


 ***


 店を出て、目的のダンジョンまで向かおうと山道を登っていると、後ろから誰かが着いてくるのが分かった。

 キサラギだ。

 いったい何の目的で俺たちの跡をついてきたのか、薄々俺は把握していた。おそらく俺たちと目的は同じだ。

 そう、シンザンの関係者だ。そのことは、すぐにわかった。

 なぜならこんな人気のない田舎の山道を地元のじーさんばーさんじゃない限り歩かないだろうし、若い女性がSNS映え目的でこんな山に来るわけもない。

 十中八九、俺たちの協力者だ。

 ならば、まずはこちらから声をかけ――


「ね、あの人ずっとストーカーしてきてるよ。わたしたちのファンなのかな?」


 うん、まあ、わかってない人もいるけど。


 仕方ない、ここはやはり俺から――


 と、振り向いたら、ヒュン、という軽い音と共に首が一瞬熱くなった。


「やはり、あやかしの類でござるか」


 刀を振りぬいて、こちらを睨んでいるキサラギがいた。

 何を切った。


「おぬし、なぜ死なぬ」


 首に手を当てる俺。

 え、もしかして今、刀で切られました? 俺。

 なにやってくれてんの、こいつ。つい数日前の俺だったらここでゲームオーバーだったんだが。

 自分が切られたという事実がにわかに信じられなくて、キサラギに初めてかけた言葉が、

「いえ、俺はただの不登校児です」だった。


 鋭くなる視線。余計に怪しかった。


「あのさ、今の世の中にあやかしなんているわけないじゃん。妖怪とか信じてるタイプですかぁ」


 藤沢さんが擁護なのか煽りなのかよくわkさらない言葉を返していた。

 サムサイが現代にいると思ってたくせに。


「くっ、拙者を馬鹿にするとはなんたる無礼。おぬしも成敗してくれる」


 ヒュン、とまた音だけが耳元でして、今度は藤沢さんを切りつけたようだった。

 しかし藤沢さんはどこからも血が噴き出さず、チェシャ猫みたいにニヤニヤしている。透過の魔法異物を使っていたのだろう。

 もしかしたら危険を察知し、オートで動く機能もあるのかもしれない。


「やはりあやかし!」


 ヤバイ。こいつ面倒くさいぞ。話もループしてるし。

 そんなとき、見計らっていたかのように藤沢さんのスマホが鳴りだした。

 藤沢さんが通話を俺たちにも聞こえるようにスピーカーにする。


「やあ、キサラギさん。この方たちは仲間です。安心して一緒に未踏破ダンジョンを攻略してください」


 言うの遅いよ。

 報告連絡相談はしっかりしろ。


「師匠! 来られないのですか」


「ごめんね。僕は今東京の第十ダンジョン攻略中なんですよ。プライベートダンジョンの攻略は、あなたたちに任せますね。配信もご自由にどうぞ」


 プツン。

 会話は終了して、俺は絶句した。

 たった三人での未踏破ダンジョン攻略はもとより、このサムライと一緒というのが圧倒的に心に不安を残したのだった。

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