第4話


「今日はこれから横浜中華街ダンジョンに行きまーす! 実は初めてわたしは行くけど、ピはある?」

「俺もない」


 2時間弱もかけて電車に乗って、たどり着いたのは横浜だった。

 なぜ東京のダンジョンではなく横浜まで来たかというと、藤沢さんの「ピと中華街で肉まん食べたいな。ね、ピも食べたくないか、ショウロンンポー」という一言に端を発する。


 横浜中華街はその名の通り中華料理屋が軒を連ねていて、赤く塗装された中国風の店舗やネオンはまさに中華街というにふさわしい外観だ。


「中華風ダンジョンとか推せる気しかしないぜ」


 と、配信をしながらこちらに向かって藤沢さんは話しかけてくる。もう始まってるんだよな、配信。

 ひきこもりに上手いトークや返しができるはずもなく、藤沢さんのある種軽快なトークに対して簡素に話すのが精いっぱいだった。


「中国と言ったら龍だよね。未踏破の頃は龍型モンスターがいたらしいけど、今いるのはペキンダックのモンスターとかヌンチャク持ってる小型オークとか、ちょっとかわいいやつしかいないみたい」


 横浜中華街のダンジョンは比較的最近に攻略されていて、確か8年くらい前に伝説的シーカーである横山シンザンが奥地にいる龍を討伐して完全攻略した、ような記憶がある。

 当時小学生になったばかりの俺の記憶は定かではないけど、WIKIにもそう書いてあったはず。


「ピ、ほら配信が終わるから一緒に、せーのっ」


「お、おつファンシー」

「おつファンシー!」


 な、慣れねえー。

 しかし視聴者数が3人とかなのでほぼ緊張はしなかった。やっぱり彼氏ができたのは致命的だったみたいだ。そりゃそうだよな、としか思えない。

 そもそもカップル配信者って10万人くらいの規模っているのかとスマホで検索してみたら、意外と結構いることが分かった。

 中には数百万の登録者数を誇るカップルもいる。

 可能性はあるらしい。あくまで可能性だけな。


「うーん、全然伸びないな。ふたりともこんなに顔が良いのにな。世界はおかしいぞ」


「俺も少し調べてみたけど、ダンジョンの配信とカップルでの配信ってのが相性が悪いんじゃないのか。似てるようなことをしてる配信者もせいぜい数千人くらいの登録者数だし。もっと需要と供給を考えないとマズイ気がする」


「ジュヨウトキョーユー、むずいことを言うね、ピ」


 重要じゃね? とは思うものの、だからといってどうすれば登録者数を増やせるのか具体的な案はない。

 いや、あることはあるか。藤沢さんの能力と魔法異物をバラせばいい。

 ただそんなことやったら速攻で国家探索員が飛んでくるし――いや、登録者数が数十人程度じゃまずコラか合成だと思われるのがオチだ。

 やはり何かしらで有名にならないと効果的なバラしができない。


 しかし、人気になる方法ねえ。思いついたら世の中の配信者も苦労しないわな。

 藤沢さんの能力や魔法遺物以外で、バズる方法、バズる方法――


「わかったセックス配信だ!」

「終わってんなお前!」


 なにがわかっただよ。何もわからねえよ。

 何でそんな晴れやかな笑顔してるんだ、藤沢さん。


「俺たち高校生だぞ。児童ポルノでソッコー保護で圧倒的逮捕だよ」


「そうかわたしはロリだったか」


 ロリではないけど。世間的には未成年でエロはアウトな存在である。


「そもそも自分のそういう行為を晒すのは恥ずかしいだろ」

「そうだね、ごめん。冷静に考えてみると、やってたら自殺してた」


 藤沢さんは相変わらずニヘラと微笑みながら言った。どこまでが本心でどこまでが冗談なのかわからない。


「……先にダンジョン行って、それから中華街で食べようか」


 まだ昼まで3時間ほどあるし、ダンジョンから出てきたら丁度飯時なのもあり、俺たちは先にダンジョンへ入ることにした。


 ***


 中華街ダンジョンは真っ赤な外壁で囲まれていて、入り口も宝玉を持つ龍をあしらった中華風の門だった。

 初めてのダンジョンということもあって適当にライト等の装備をレンタルし、受付でチケットを買う。

 もちろん全部藤沢さんのお金だ。


「ピに貢ぐのもいいよね」


 という独特な価値観に頼り切りなわけだが、宿泊代もそうだけど、どうも藤沢さんはある程度のお金は持っているらしかった。


 初めて行くダンジョンだからなのか、正直どこかワクワクしていて、足早にダンジョンを降りていく。

 ダンジョンの通路は秋葉原とは違い、赤色の夜光草だけが迷宮内を照らしている。

 雰囲気に合っている。さすが昔からの観光地、統一感がある。


「……それで、なんでチャイナ服を着ているの、藤沢さん」


 統一感ありすぎる。


「ハイハイチャイナ! ちょちょ夢心地、いーあるふぁんくらぶ!」


 謎の呪文を口にしながら赤いチャイナ服を着てチャイナっぽいポーズをとる藤沢さんを俺はスマホで配信する。

 チャイナ服の足から腰に掛けてのスリットから伸びる藤沢さんの足がやたら目を惹く。

 そしてそれについてコメントがついている。


『これはアウト』『胸より足だなファンシーちゃんは』『今見えちゃいけないものが見えなかったか?』


 相変わらずカップル配信者というより藤沢ファンシーという個人の女の子についているコメントが多数だ。

 そもそも配信を始めた時が女性のソロだったのだから当然なのかもしれない。

 最初期についた女の子目的のファンを、俺という存在によってカタストロフしたのが今であり、今は僅かな残党しかいないわけだ。


 そう考えると、藤沢さんは俺のどこにメリットを感じているのだろう。顔が良いという一点だけで、俺に白羽の矢が立ったのだろうか。

 伸び悩んでいた配信業でカップル配信に活路を見出したとしたら、考えが浅いと言わざるを得ないし、実際に登録者数は減りこそすれ増えてはいない。


 単純に俺を異性として気に入ったのなら、まあ感情論として理解できるが――中学生の頃、俺と藤沢さんは特に仲が良かったわけじゃない。

 クラスは一度だけ同じで、二年生の頃だったように思う。

 当時の藤沢さんは今みたいな奇抜なファッションはしていなくて、ピンク色の混じっていない地味な黒髪で、前髪が長くて、いつもクラスの隅で本を読んでいる女の子だったような記憶がある。

 ……そう言えば中学3年生になったころ、いじめられて不登校になった女の子がいたって、誰かから聞いたような。


「やや、あそこにいるのはペキンダック型のモンスターだ。これからこのヌンチャクで倒して見せるぜ」


 藤沢さんは、装備屋でレンタルしていたヌンチャクを、50センチくらいしか大きさがない、まんまペキンダックの見た目をしているモンスターに叩きつける。


 ペキンダックは藤沢さんの中華的な、中国の歴史四千年分的衝撃を与えられ、木っ端みじんに砕け散って、光の粒へ帰っていく。

 モンスターは動植物とは違い、エーテルと言われる光の粒子となって消えていく。

 そういう光景を見ていると、モンスターの人権ならぬモンスター権を声高に叫んでいる保護団体がいるのも少しは理解できるような気もする。

 特に同情はしないけど。

 ダンジョンとモンスターの出現によって、一時期の人類は大きなダメージを負ったみたいだしな。


 藤沢さんによる視聴者数人の配信が終わると、彼女は急に僕に近寄ってきて、耳の近くでこう呟いた。


「このダンジョンはあるよ、隠しエリア」


「マジか」


 ぼんやりとしていた頭の中に清流を流し込んだみたいに俺の思考が冴えわたっていくのが分かった。

 魔法遺物があるかはわからないが、少なくとも今までの牧歌的な雰囲気とは隔絶したものがある――隠しエリア。


 藤沢さんは、空中に何もないのにしきりに顔を動かす猫のように、このダンジョンを見回す。

 俺は藤沢さんの後をついていく。夜光草によって赤くぼんやり照らされたダンジョンの先へ、先へ。


 そうして藤沢さんが停まったそこは、観光客用のトイレ――女子トイレの前だった。


「この中だね」

「嘘だろ?」


 しかし藤沢さんは嘘だと言ってはくれない。運よく観光客は近くにいなかったので、手早く入ることにする。

 うげ、誰かひとりトイレに入ってるじゃねえか。


「えーっと、えっとね」


 しきりに顔を傾け、どこかから、何かを受け取っているような藤沢さんは、少しすると、


「この床の上で4回ジャンプして……」


 藤沢さんが床の上で四回ジャンプする。そのたびにチャイナ服のスリットから見えてはいけないものが見える。


「呪文を唱える。えーっと、jízhào?」


 チージャオ、という中国語のような発音をしたその時、先程まで踏み叩いていた床が、瞬く間に赤く小さな扉に変化していた。


 ――隠しダンジョンの入り口だ。


 はやる気持ちを抑えて、藤沢さんと突入前の打ち合わせを話そうとしたとき、後ろのトイレの扉がゆっくりと開いた。


 マズイ、と思った時には遅かった。完全に開かれたトイレの扉の奥、そこには俺の身知った人がいた。

 いや、俺というより、日本――世界で誰もが知ってると言っても過言ではない。


 、横山シンザンその人だった。


 シンザンは自身の丸い眼鏡をクイッと指で押し上げ、


「待ってましたよ」と低い声音で不気味に言った。

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