第2話
――隠しエリア。
よくゲームなんかで聞いたことのある用語だ。
ダンジョンの小部屋とか通路の一部に仕掛けなんかがあって、それを操作すると行ける場所だ。だいたい隠しエリアには宝箱とか剣とかそういうレアなアイテムがあって、初見で手に入れるとアイテムがバランスブレイカーすぎてゲーム自体がちょっとつまらなくなるやつ。
「……ってことだよな」
壁からキノコみたいに顔だけ生やしている藤沢さんに、未だ動揺が表れている声で俺は質問した。
「アイテムというか、魔法遺物がないときもあるよ。だいたいあるとしても5割くらいの確率かなぁ。体感だけど」
「半分も? マジかよ」
「ごめん嘘」
なんで嘘つくの? そういう場面じゃないだろ。
藤沢さんは下をペロッと出して可愛さアピールをしているが、俺は周りをしきりに見て気が気じゃなかった。こんな顔ひょっこり女を他の人間に見られたら魔法遺物の力とその存在が簡単に露見してしまう。
それだけは避けなければならない。
俺は、国家探索員やシーカーの恐ろしさを死ぬほど理解しているからだ。
「本当と言えば本当だけどね。実際、わたしが手に入れた魔法遺物は2つで、まだ4つしか隠しエリアを見つけられてないからめっちゃアバウト――あれれ、ピ、積極的だねっ」
どんな魔法効果があるかは知らなかったが、俺は藤沢さんの顔を両手で掴み、強引に引っ張った。すると体全体がするりと壁の向こうからすり抜けてきた。
「馬鹿か。このままじゃバレるだろ!」
「大丈夫だって、こんな沼地、誰もいないし……ちゅ」
「むぐっ!」
こいつ! キスしてきやがった!
顔を両手で挟んでいた俺の身体を藤沢さんは両手で抱き寄せてきて、やわらかいくちびるの感触が伝わってきたときにはすでに遅かった。
藤沢さんの妙に甘ったるい香りと、その細い身体の温かい体温が伝わってきて、一瞬でも離れがたいと思った自分を殺したい。
俺は藤沢さんの肩を押して、身体を離す。
「ファーストキスだぜ」
「俺もだよ……」
俺の人生で初めての、大事なイベントがよくわからん女に奪われてしまった。
泣きたい。
「やっぱりピは格好いいな。人類の至宝だよね、イケメンって」
「やめろって、あんまり好きじゃないんだよ、この顔」
藤沢さんが不思議そうに顔を傾けたが、俺は話を戻す。
「言っておくけどな、藤沢さんのその能力、かなり危険だぜ」
俺が改めて言うと、藤沢さんはツインテールの片側を指でつまみながら、
「わかってるよ」
と、どうもわかってなさそうな反応で答えた。危機感どこに置いてきたんだ。
「それで、ピはどうするの。隠しエリア。行くの? 行かないの?」
もちろんそんな危険なことお断りだ――そう口から出かかって、言葉が詰まった。
心臓が早鐘のように動いている。その鼓動は頭の奥底をマグマで焼いたように熱くさせ、さきほど藤沢さんが口にした怨嗟が延々と耳の中でリフレインする。
『社会に対する復讐だ』
何も持たない俺の、不登校で生きる価値がなくて親にも見捨てられていて、どこにも行けない唯のゴミみたいな子供の俺が――国家に一泡吹かせる。
なんで、どうして、なぜこんなにも。
魅力的に聞こえてしまったんだ。
後悔してももう遅い。俺はこのヘンテコなファッションに身を包んだツインテールのヤバイ女に、賭けてみたくなった。
ヘドロみたいな黒い瞳を俺は見据えて、
「行ってやるよ」
そう、答えてしまった。
俺はもう、元には戻れない――
「あ、ごめん、ちょっとトイレ行ってからでいいかな?」
あ、ハイ。
***
とにかく周りをかなり注意して警戒し、俺は藤沢さんの手を取った。藤沢さんの手は小さく青白くて、どこか頼りない。
「本当にこれで俺も透過するんだよな」
俺は藤沢さんが腕につけている妙な腕時計――これが透過の魔法遺物だという――を不安げにを見つめながら、
「一応、二次元スライムをつかんで透過させたことがあるから、たぶん。もし腕がもげたり死んだりしたらごめんね。お墓は可愛いやつにしてあげるからね」
「死んだら化けて出てやる」
一瞬、かなり後悔したが、藤沢さんの手をつかんで目をつむった瞬間――すでに俺の身体は壁の向こう側に到達していた。
「ね、簡単でしょ」
なんで足が地面にめり込まないのかとか、どういう法則で俺まで透過しているのか、そんなことなんてどうでもよくなった。
隠しエリア、そこはあまりに大きい電気屋のようなエリアだった。
まるで巨人用の電気屋・パーツショップだ。左右には巨大な棚、その中にはトランジスタやネジやよくわからないパーツが所狭し詰まっている。
そのパーツひとつひとつが俺の身体より大きい。
俺が小人になったのか、それとも幻覚なのか。
頬をつねるが、痛みはある。
ダンジョンの底だとは思えないまるで嘘みたいな光景に、足がおぼつかなくなる。
「嘘だろ」
「本当ですよ。インディアンは嘘をつかないぞ」
藤沢さんの軽口を流す。
遠近感が壊れたのか、眩暈のような感覚を必死で押し留める。
「ここが、秋葉原ダンジョンのわたしの”推し”なんだ。秋葉原ダンジョンの本来の姿なんだと思う」
冷たい風が通り抜けて、藤沢さんのツインテールを揺らした。
風というか、天井にある超巨大エアコンの送風だ。
「これは――」
すごい、と小学生みたいな感想を俺が言おうとすると、
――ズシン。
と、腹に響く重低音がした。
「ありゃ、来てしまったか」
何が、と俺が言うよりも早く、そいつは棚の奥から顔を出した。
フィギュアだ。
それも美少女フィギュア。
超巨大な。
命の危険を今まで感じたことが一度だけある。あれは確か中学生の時、俺の父親が例の事件で怒り狂って俺を殴り飛ばして――
混乱の最中俺が見たのは、藤沢さんが肩から下げているサコッシュから小瓶のようなものを出して、その小瓶から一錠の錠剤を口に入れて――飲んだ。
「最高にハイってやつだぜ!」
藤沢さんが足に力をいれているのがわかったときには、すでに巨大なフィギュアまで藤沢さんが脚力だけで飛んでいた。
そのまま、藤沢さんは右足でフィギュアを蹴り飛ばし、フィギュアは衝撃と共に棚に突っ込んで様々なパーツを巻き上げて倒れこんだ。
あ、藤沢さんが遠くでピースしてる。
え、現実、これ?
ぴょんと軽くジャンプしたかのように見えた藤沢さんは、俺の目の前まで瞬間移動したかのように飛んできた。
風圧でスカートがめくれて黒パンツが見えたが、もはや恐怖しか感じない。
「どう、惚れ直した? ピッピ」
俺は月の石で進化したりはしない。
「待って、事態が呑み込めない」
素直に自分の心情を吐露すると、藤沢さんはフィギュアを倒す前に取り出した小瓶を俺に見せた。
その小瓶は量販店で売っているような透明なガラスケースではなく、魔法文字が描かれたブロンズのような質感の掌に収まる小瓶だった。
「これも魔法遺物なんだ。わたしが最初に手に入れたオキニのやつだよ」
「よく魔法遺物から出てくる錠剤を服用しようと思ったな……」
「あんま褒めんなって!」
褒めてねえって!
「まあたまに変な幻覚が見えるけど大丈夫だから問題なしおk」
「おkじゃねえよ」
変なもの見えてるじゃん……。
「これでわかったでしょ。戦闘力は問題なし、顔面は最強、未来しか見えん。わたししか勝たん」
恐怖と興奮と呆れと諦念と期待と不安と――すべての感情がない混ぜになって、それでも最後に残る感情は、”楽しい”だった。
だって、考えてもみろよ。美少女が超巨大フィギュアをライダーキックみたいに蹴り飛ばして、しかもそれが俺と一緒に”何か”をやろうと言ってくれている。
配信して、登録者数を増やして、全国にあるダンジョンの隠しエリアを探して、最後にこの国家に一発グーパンチを入れる。
ああ、なんて――
「ねえ、ピ。一緒に家出して、わたしを配信者の一番星にして!」
家出とかいう急に出た庶民的言葉に俺はツボを刺激され笑いつつ、藤沢さんに言った言葉は端的にどうしようもなく、子供みたいな返答だった。
「よし、家出しよう」
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