第2話 一孝 作務衣 その2
美鳥は手で額を抑えている。少しふらついているかな。
「おいおい、音が聞こえたけど大丈夫か?」
美鳥は頭を起こし俺を仰ぎ見る形になっている。大きな目が潤んでいるように見えた。
「当たったのは額か? 痛くない?」
「…」
美鳥は頭を左右に振った。否定のつもりなんだろうかな。そして体を返して、俺に並び、腕を抱きしめた。
「おい、美鳥さんや」
俺に顔を向けて、にっこり笑うと、抱きしめた腕を引っ張り、廊下を進んでいく。浴衣越しに美鳥の柔らかさを感じて、ドキドキと心臓の鼓動が早くなっていく。 ふと見下ろすと美鳥の耳も赤くなっている。
エレベーター室まできてコールの下向き三角のボタンを押す。1番上の階に止まっていたせいで、来るのに時間がかかりそうだ。
「なあ、美鳥。コトリの方も大丈夫かな? 結構な勢いで倒れたの見えてたよ」
「………」
「ん? どうした?』
どうも様子がおかしい。抱きついてくるのは、最近増えたけど、いつものこと。でも話さないのは珍しい。
しばらくして、エレベーターも降りてきた。ドアが左右に開いた。
中に入って体の向きを変え、手をパネルに伸ばして1の数字を押す。
「コトリ大丈夫だって、今、返事きた」
かなり小さい声で、やっと話してきたんだ。
「よかったよ。お前も大丈夫みたいだしな」
「お兄ぃ』
僅かに聞こえるくらいの声で呼ばれる。
「なに?」
と見返すと美鳥は俺の首に手を伸ばしてきたんだ。そのまま下から抱きつく形になる。そして少し潤んだ目で俺を見てきた。そのうちに目を閉じたんだ。
俺たち以外、誰も乗っていないから遠慮なんでしなくていい。俺はかがみ込むように美鳥にかぶさっていく。
身じろぎを感じたんで美鳥を見ると唇に指を当てて、俺を見ている。
そうか!口紅してるんだ。
仕方なく美鳥の額に軽くキスをしてあげた。
「ウフフ」
恥ずかし気な美鳥の声が聞けた。今は、これで。我慢、我慢だよ。
エレベーターも下に降り、玄関から出た。通りに出ると人通りが多い。子どもやカップル、家族連れの人たちが同じ方向へと向かっている。
「行こか」
「うん」
美鳥は俺の腕にしがみつくように抱きついて歩いていく。以前も一度こういう風に歩いて行ったっけ。時折、
「ウフフ、ウフ」
と声がする。俺が美鳥の方を覗き込むと、目があったりして、お互い恥ずかしがってるんだよな。
神社も近づいてくると人通りの中に屋台が見えてきた。
店先に謎のキャラが印刷されたビニールに入った綿飴がたくさんつってあったり、細長い容器があり、砕いた唐辛子や香辛料がお皿に山積みにされて、その場で調合されて売られている。その横では綺麗な糸で編まれ水引が陳列し、上を見ればガラスでできた風鈴なんかもがたくさん飾られ、チリンチリンと涼しくなる音を鳴らしている。
「綺麗」
美鳥とそういうのを見ながら歩いて行った。人通りも多くなり丁度、入り口の大鳥居の柱が見えたあたりで。
「美鳥、一孝くん」
呼び止められた。
「やっときたぁ、待ってたのよ」
美桜さんが立っている。美鳥と同じ藍色の浴衣。黄色や赤の百合が咲き乱れた模様で染め抜かれている。止めるのは淡い色の八寸帯。
華やかで図るのですが帯で全体的に締めている。美鳥と同じ顔してるのに、大人を感じます。
隣には紗の着流しと羽織を着た奏也さんもならんで立っている。さり気なく着こなしている奏也さん。男前です。
「あっ、ママだあ」
そんな絵になりすぎて、周りもひいているなか、美鳥も2人を見つけたようで、巾着をフリフリ走り寄って行く。
「そんなに慌てて走ると転ぶよ」
着慣れない浴衣を着て履き晴れない草履をはいて、走れば美鳥なら…転ぶ。慌てて彼女をいかけた。
「あっ」
後、もう少しと言うところで地面を蹴飛ばし、案の定、バランスを崩してしまい前のめりになってしまう。
俺は、倒れる前に美鳥を支えてあげるべくダッシュするんだが、間に合うか微妙なところだった。
「あらあら、美鳥。いつに無く甘えん坊ね」
まさに蒼い風が吹いたのだった。
美桜さんがダッシュよろしく、転びかけた美鳥を自分の胸に抱え上げたんだ。
「えっ」
なかなかの反応速度だった。美桜さんは、なかなか侮れない人だなあ。見かけは華奢なのに、意外と運動神経が良いんだよね。この前もローラーシューズ履いて、走り回っていたっけ。
「美鳥も、大きくなった思ったけど、まだまだねぇ」
「ママ! ママ!」
見目の良き2人が抱き合ってる姿は、中々絵になっている。奏也さんはスマホで早速2人を撮影してるのだった。
近くてシャッター音がちらほら。
「美桜さん、ありがとうございます。美鳥も転ばなくってよかったよ」
俺は、何とか2人に追いつき、2人に話かけた。
「ごめんなさいねー。一孝くんのかっこいいとこ取っちゃって」
ちろっと小さく舌を出している美桜さん、大人の色気を感じる。流石です。
「ママ、いい香りするー。私、好きーだよ」
美鳥さんの胸に顔を埋めてる美鳥は、未だに子供かなあ。言ったらプンスカしそうだ。
2人の撮影を終えた奏也が近づいて来た。
「美鳥! ババにはギュッてしてくれないのかい」
俺も、ちらっと見てしまった美桜さんも、ギョッとした顔をしてる。
親子でもそんな事しちゃいけないでしょ。
美鳥は、ちらっと美桜さんの胸から、顔を出して、
「ババァ、べつにいいや」
「がーん」
そんな擬音を口にしている奏也さんは意外に、お茶目だよ。
美鳥は、美桜さんの抱擁を抜け出し奏也に近づくと、
「ごめんなさい、そんな事ないよ」
奏也さんの胸に入り込んだ。
「「美鳥」」
俺も美桜さんも小さくない声を上げる。
「俺は全国、数100万の、お父さんがしたくてもできない年頃の娘をハグしてる。感動ものー」
「あなたぁ」
奏也さんがまんざらでない顔をし美桜さんが嗜めている。
そのうちに美桜さんの剣幕に恐れをなしたのかー奏也さんは美鳥を離して、人混みへと逃げていった。
「一孝くん、あとは美鳥のこと頼んだよー」
「あなたぁ! 私だけで十分ではないのー! あっ、一孝くん、美鳥をよろしくねー」
美桜さんも片手を小さく振り上げ、奏也を追いかけて行ってしまった。
呆然と2人を見送る俺だったりします。
そして、小さく手を振って2人を見送る美鳥に、
「俺たちも行くか」
「ハイーハーイ」
「ん」
そして美鳥は近くにあった屋台をみて、
「お兄ぃ、チョコバナナー」
俺は今まで思ってたことを口にする。
「お前、コトリか」
「うん、美鳥はコトリだよー」
ちろっと小さく舌を出すコトリでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます