第7話 願わくは

その物語はまだ終わっていなかった・・・。


「願わくば花の下にて春死なん その如月の望月の頃」

科学者の篠山静夫教授(ささやましずお)辞世の句は、平安時代末期末期と鎌倉時代に生きた、西行法師と同じく想いの詩を詠った。

嘗て地球は、コロナ星人により太陽熱で宇宙空間に生まれたコロナウィルスを飛散させ侵略しようとしたが、科学者の篠山静夫教授によりその謀略を阻止されて地球外へ逃避していた。

 また、その戦いにより篠山(ささやま)教授の助手である大原輝の妻と元恋人が凄絶な最期を遂げていた。

「良かったな和(カズ)。」

「PCR検査はネガティブで良かった。」

理学療法士(のぎわようせい)は妻の和美(かずみ)がなんともなくてホッとしていた。 

 今朝の7時頃には野際夭逝が、咳を伴う発熱の妻の為に救急車を呼んで丹波篠山中央病院に運びコロナウィルス感染を特化した特別外来で処置をしてもらおうとしていたが、クロマメ病院ドクターの金田一医局長が「何かあったらうちの医局で対処するから遠慮なく申し出て下さい。」と、昨日クロマメ病院から帰宅する間際、突然発表したから何気に右から左に受け流してそそくさと病院を出ていったが、金田一はその先を聞いて欲しかったらしく「マ、PCR検査は無料だからみんな家族も受けてね?それから4月から本院勤務です。医局部長として・・。」野際の背中に投げかけていた。

「別に・・・。」顔面を左に背けて野際を無視してそのくせ脚はモデル立ちをしていた。

尻沢エリカ(しりざわえりか)は扱い難い物まね芸人として、クロマメ病院の要注意患者一覧にリストアップされて間もなくブラックリストにランクアップされようとしていた。

 「車椅子を捨てさせなきゃダメだね。先ずは四点杖から一本杖に移行させんとな。」ノドクロこと、篠山口(ささやまぐち)は的確なアドバイスを送り、野際は、同僚でも一年先輩のいう事を着実に守る律儀で健気な理学療法士だったが、心臓リハビリ科の荻野原(おぎのはら)科長の進言は絶対であったから、篠山口のアドバイスを100%を聴ける訳でない為、いつも中途半端な立場で居た。

「荻野原科長、それでどうしましょう?」当院理学療法士の中ではオールマイティーで金田一から絶大な信頼を受けている荻野原をゴジラと呼んでいた。地球上で一番強いと思っていたからだ。

「まず、麻痺側(まひそく)に体重を掛ける事を恐がらせてはダメだから、4点杖の利点を最大限知り尽くす事から始めてみては?」

 的確だった。

オールマイティーの存在、まるでゴジラ! 最強のフィジカルセラピストだった。

ゴジラの実績は内反尖足の患者を車椅子から杖歩行にランクアップさせ、四点杖から一本杖に移行させた実績がある。その後もその患者は独歩まで出来ていた。

 走る時に踵を着けて走ろう! 

若い頃、ラグビー部だった大原輝(おおはらあきら)は、速く走れる研究をしていた。

 ハイパントのボールの落下点へ間に合う様に、オフサイドにならない様にトップスピードが何時でも出せる様に筋肉強化トレーニングを日々実行したが、効果は足が太くなり、50メートル走が0.6秒速くなっただけで芳しい効果と言い難い結果だった。

 何故走る事に拘るのかと言うと、49歳の時に脳出血を発症し、片麻痺になって左半身麻痺に陥り歩くのに困る次第で、左足の振り出しが分からず、暗中模索の上漸く四点杖を支えに歩く事が出来るようになると、外旋という新たな問題が勃発! その前に内反尖足という諸問題を抱えていて、ようやくOCSSCSSという腱延伸術を受けて内反尖足が収まり短下肢装具、所謂シューホンを着けなくてもそのまま靴を履くだけで歩けるとあって悦び諌んで歩いた。

 が、麻痺側であるが故の問題が、国会の予算委の様に喫緊の課題として、取り組まなくてはいけない問題が大原の脚に拮抗していた。

 問題は、新参者のバックニーだ。

膝が非麻痺側の脚を振りだす時に曲げられ無いでピーン! と、後ろに反り返る事である。

 歩く度にこれを繰り返すとやがて膝軟骨が磨り減り激しい痛みと共に左膝が崩壊するのである! これを防ぐ為にクロマメ病院の理学療法士は躍起になっていた。

 大原輝は秒殺でこれを解決した整形のドクターに感謝している。

「左の踵を着けたら右足の振り出しもスムーズだし、反張も減少してくるよ?」

その通りにしてみるとなるほど! 先生の言う通り意識せずして楽勝で左膝が曲がった!

 これからこの歩き方を実践して行こう。左膝を前に出す意識を持った。

口喧しく礼子に言われた事を実践しようと思った大原輝(おおはらあきら)は、遅すぎたリハビリを再開するつもりで居たが、兎に角病院の周りを回って己の歩行具合を確かめた大原は、一人の老人がリハビリ会場南にある桜の大木の根本にしゃがみ込み背中を丸めて動かない小さな後姿に気を取られ立ち止まり、右手を翳して問いかけていた。春爛漫だが湿度は高かった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る