第8話

 すっごく、不思議な話があったんだ。

 母さんが話してたんだけど、子どもの頃に見たんだって。


 「…っ。」

 「あ。」

 僕は目を覚ました。

 隣りには、苛烈な声で僕を呼び続ける、母がいた。

 「ごめん、体調悪くて、心配かけちゃった。」

 「はあもう、はあ。」

 母は、怖い物でも見たかのような顔で、憔悴していた。

 でも、それもそうなのだ。

 僕はいたって健康だった。本当に、ハナマルをあげたいくらい、ド健康だったっていうのに、今は布団から出ることができない。

 なぜかは分からない、医者へ行っても、子どもだから、特に病気があるってわけじゃないんだけど、体の機能が弱っていて、原因が分からない。だから、まあしばらくすれば平気、だと思う。なんて、中途半端な答えをもらうことしかできない。

 しかし、それではいけないのだ。

 僕は、働きに出て、この家を養わなければいけない。

 それができるのが、僕しかいなかったから。

 だから、僕は急いで村の端っこにある、場所へお祈りをしに行く。

 そこに行けばこの過酷な現実の、苦しさとかそういう、嫌な感覚から逃れることができるのだと、僕は発見した。

 しかし、今は違う理由で、ここを訪れている。

 僕は、ずっと疑っていた。

 僕が、ここに通うようになってから、僕は病気になってしまった。

 しかし、母には伝えていない。

 母から昔、聞いたことがあって、ここは昔から、本当にいつからあったのか分からないほど昔から存在していて、悪い噂というより、不思議な現象に包まれている、という印象があって、あまり人が近寄らないようにしていたのだ、と。

 けれど、若かったころの母は、好奇心を持て余し、ここに足を踏み入れてしまった。

 そして、その後、何が起こったのかは分からない。

 分からないまま、担ぎ出されたのが最後の記憶だったのだという。

 それから、妙に気持ちが落ち着いてしまって、おてんば何て呼ばれていたのに、それからはまじめで大人しいといった性格に、なっていたのだという。

 僕は、その話を聞き、絶対にそんな場所には近づかない、そう誓うような性格だったのに、知らなかったのだ。

 母が言っていたその場所と、僕が今いるこの場所が、一致していたなんて。

 「こんにちは。」

 いつもの通り挨拶をして、中に入る。

 それがここの礼儀だった。

 「こんにちは。今日も偉いね。」

 「いや、僕はここで休ませてもらっているようなものだから。」

 「そんな、君が来てくれるだけで、ここは華やかになるんだから。」

 「はあ、ありがとうございます。」

 僕は一通り挨拶を済ませ、いつもの席に座る。

 そして、「………。」目を閉じて祈る。思いつくままに、心の内をさらけ出す。

 この村は、とても貧しく、子どもに働いてもらわなければ成り立つことが難しかった。

 世間は、そう簡単に生き残れるような生易しさを残した場所などではなかった。

 僕は、飢えの苦しさを知っている。

 飢えることが、どれほど苦しいことなのかということを、知ってしまったのだ。

 僕は、ここじゃない、どこかに逃げる夢を妄想し、蓄えている。

 しかし、そんなことは、ただの幻でしかなかったのだ。

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