第6話
「あ、ごめん。ちょっと焦っちゃって。」
焦らすからいけないと、彼はよく笑う。
私も面白くなってしまって、それにつられる。
東京って、恐ろしい。
私は知らなかったのだ、世界がこんなに広いという事実に、全く気付いていなかった。
「
私は何かを含んだような言い方で、彼に迫った。
「うん、何?」
優しい男なのだろう、私はなぜか、こういう優男に好意を寄せられる。もしかしたら体質と言ってもいいのかもしれない。
「今度行くって言ってたじゃん、あの予定キャンセルさせて。」
「…え?」
はあ、やっぱり。
すごくがっかりした顔で、笑っている。
困らせてしまった、それが悔しい。
けれど、
「ごめんね、用事があって。」
「…うん、分かった。気にしないで、大丈夫だから。」
「ホント、ごめん。」
しかし、私は悪いなどと一度たりとも思っていない。
何かを言い訳にするとするのなら、きっと東京のせいだ。
私は、田舎の中で完全に、ヤバい女と化していた。女の子が気になって仕方がなかったし、でも、それって好きとかではなくて、私にとって女の子は何か、攻略目標というか、それを達成してこそ生きているというのか、そんな、よく分からない感情に振り回されていた。
しかし、しかし。
私は東京に来て、何か憑かれていたものが外れたみたいに、穏やかに世界を見渡している。
ここに来て、初めて世界を見たような気持ちにさえなっていた。
「ただいま。」
「お帰り。今日も忙しかったんだね。大学の授業が大変だって言うけど、体壊さないでよ。そんなことになったら、僕の方が困るしね。」
「うん。分かってる。」
最近、心なしか正樹君の態度がよそよそしい。
前は、私以外はいらないっていう感じだったのに、でも、私はもう、もしかしたら、あれだけ必要としていた正樹君を、要らないと思っているのかもしれない。
けれど、私は捨てることができない、離れることもできない。
何度考えても、私にとって正樹君は家族より近しい存在だし、きっと彼にとってもそうなのだろう。
「お惣菜、これ安かったんだけど。焼き鳥、スーパーの前でやっていてね。どう、食べない?」
「お、いいね。ありがとう、今お皿とか用意するから。いいお茶があるんだ、それで乾杯しよう。」
「うん。」
少しの違和感があったとしても、私はこうやって正樹君と言葉を交わすと、にっこりと笑って全てがどうでも良くなってしまう。
しかしまた寝て、目が覚めて、一日が始まってしまうと、何かの衝動が、私に不満を感じさせ、そして誰か、正樹君以外の誰かを、必ず求めてしまうのだった。
楽しくしゃべったし、もういいいか、と思い体も洗わず寝ることにした。
明日は早い、大学は男ばかりで、私は大学に入って気付いてしまったのだが、男に囲まれることが非常に嫌なのだ。
いや、男が嫌いなのではない、けれど。何か男だけに囲まれて、男の一員として扱われることがすごく嫌だった。
「………。」
正樹君が炊事に励んでいる音に耳を澄ませる。
申し訳ない、と思うことはあった。
私の人生に、正樹君の人生を巻き込んでごめんって、思うことはあった。
けれど、私は、いつまで経っても何がしたいのかが分からない子供のままでいたいのだと思う。
目に入るものすべてを謝絶して、暖かな布団の中で寝返りを打った。
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