第5話
僕はどんよりとした気持ちを隠せないまま、歩を進める。
そうしなければ何も進展しないことを分かっているからだった。
「こんにちは。面接で伺いました。
「…ああ、どうぞ入って。」
「はい、失礼いたします。」
僕は慇懃無礼な態度を崩さないように、神経を張り詰めた。
少し気を抜くだけで不遜な僕に戻ってしまうから、そこだけは何とか、気を付けていた。
「ふーん、あ、それ履歴書ね。頂戴。」
「はい、お願いいたします。」
「うん。」
この店の店長と思しき、少しだけ髪の毛が後退している40半ばの男が応対している。
僕は、早く仕事を見つけなくてはならなかった。
急いで、お金を稼いで、秋子さんを安心させなくては、ならなかった。
「まあ、いいんじゃない。若いんだし、東京に来たいって気持ちはわかるよ、しかも彼女と一緒に、だなんて格好いいね。彼女、可愛いの?」
愛想のよさそうな顔でそう聞いてくるこの人は、とても穏やかな顔をしていて、満たされているという証拠を外に知らしめているかのようだった。
しかし、僕はそんなことは言っていられない。
「はい、まあ。へへ。」
「何だよ、いいじゃねえか。」
男同士の、たわいない話、これが成立したのだから、きっと即採用されるだろう、そう踏んでいる。
「じゃ、採用ね。」
「あ、ありがとうございます。」
天にも昇るような気持ちだった。
うれしくてどうかしていた、でもたかがスーパーのバイト面接に受かったくらいで、なぜそうまでして喜んでいるのか、はなはだ不思議だった。
でも、理由はある。
僕は、結局秋子さんと一緒に上京した。
家族は、特に反対などしなかった。
二人とも、そういう関心の中で生きている人間ではなかった。
僕らは、また似ている部分を発見してしまったのだ。
「あ、お帰り。」
可愛いワンピースを着てソファーに座っている。
秋子さんは、学生になったのだ。
頭もいいし、いかにも女子大生が似合っている。
しかし、彼女はなぜ、まだ僕と一緒にいるというのだろうか、正直。一緒に上京したのはいいけれど、大学性になった彼女に、捨てられるのは時間の問題だと思っていた。
「いいよ、いいよ。服は自分で脱ぐから。」
秋子さんが僕の羽織っている上着を脱がそうと苦心している。
僕は身長が高く、平均より身長が高いはずの彼女ですら、それに苦心してしまう程だった。
部屋に戻ってしばらくして、落ち着きを体に感じながら炊事に励む彼女の姿を不思議に思って眺めている。
秋子さんは大学の奨学金をもらっている。
半分は返さなくていい、優等生にだけ与えられる特権のようなものだった。
しかし日常の生活費は僕が稼いであげなくては、僕は、特にもうやりたいことも何もなかったから、彼女に全てを注ぐつもりでいた。
でも本当は、
「秋子さん、先寝てよ。僕やることがあって、家事とか適当に済ませておくから。」
「あ、ごめん。ありがとう。」
秋子さんは申し訳なさそうにしていたけれど、でも引き下がった。
理由は分かっている、彼女は理系の大学に進学し、滅茶苦茶に忙しい。
しかも成績を維持しなくてはいけないから、非常に大変で、傍から見ているだけの僕でも何かをしてあげたくなってくる。
でも、でも。
僕は東京に来てから、うっすらとした違和感を覚えている。
僕は、何もしないで、秋子さんに全てをささげて、つまり女のひもになって、いや稼いでいるのは僕だから逆ひもになって、それで満足なのだろうか。
僕は、一生多分、何もしないで死ぬのだろう、と思っていた。
しかしこの頃、何もしないということに激しい違和感を覚えている。
何かをしなくてはきっと、僕は、きっと。
きっと、きっと。
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