第112話
「……もういいよ。こっちのこと、それなりに調べたんでしょ。殺すなり、拷問するなり、好きにすれば。もう……どうでもいいわ」
いつかはこんな日がくるというのは、心のどこかでわかっていた。人を殺せるようなものを作っておいて、自分だけ見逃してもらおうなんて、そんな都合のいい話が通らないことも。これからどうなるのだろうか。数秒後には死んでいるかもしれないが、扉の鍵に手をかける。
「先ほどから言っているだろう? 手伝ってほしいだけだ。勘違いしないでくれ。キミを殺すつもりも、誰かに密告するつもりもない。ただ共犯者になってほしいだけだ。そのためにもし必要であれば、この肢体を好きに使ってくれてかまわない」
隔ててはいるが、それでもアリカにはわかる、余裕を含んだ相手の笑み。口惜しいが、相手のほうが一枚上手だったと諦めるしかない。が、最後のひと言に引っかかる。
「……好きに、ってどういうこと……?」
さらに身震いする。首を締められることに性的な興奮をする人間は、一定数いることは聞いたことがある。同じように命の危機に瀕しているからか、その言葉の意味が多少そちらに聞こえてしまう。
それを察したのか、相手の声の抑揚も上向きになる。
「言葉通りだよ。毒の実験に使ってもいいし、なにか困り事があるならお世話してもいい。例えば……体の疼き、とかね」
そちらのほうにわざと会話を持っていく。淫靡に指を舐める音がする。糸を引いているような、粘りのある音が。
半分は脳を支配されてきているが、それでも必死にアリカは抵抗する。
「……騙されるわけないね。あんたにはメリットもないし、扉を開けさせたらこっちのもん、て思ってるんでしょ」
そう強がりながらも、自身の体が火照るのを感じている。もう少し。認めてしまえば、快楽に堕ちていける。盾ついているのは嘘。もっと、アリカを裸にしてほしい。
相手は機嫌がいいのか、コツコツとリズムを取る足音。
「そんなことよりも、早くあげてもらっていい? 誰か通るかもしれない。そしたら色々とバレるだろうね。会話も聞かれているかも」
ニヤついているのがわかる。もう開くと確信しているのだ。だがアリカは焦らす。被写体、そう、被写体だ。美しき者が自身の毒で果てる姿。蛹が蝶に羽化するように。美しいはずだ。息を呑むはずだ。死をもって完成するその勇姿。
「……最後に教えて。殺される相手は誰?」
もう脳内では映像が出ている。高速でフィルムのように流れる。彼女の顔が。胸が。足が。首筋が。柔らかな唇からこぼれ落ちる血液。その血液を啜りたい。鍵が開く。
その音を確認した相手は、大きく舌を出し、その先から涎がピチャリと落ちる。そしてドアノブを握り、答えた。
「シシー・リーフェンシュタール。はじめまして、応えてくれてありがとう。私はジルフィア・オーバードルフだ」
開いた扉。暗い家の中からでは、まるでジルフィアに後光が差しているかのように神々しい。その姿をアリカは蕩けきった表情で迎えた。
あぁ、ミス・マープル。やはりあなたには敵いません。頑張ったけど、快楽に溺れたいのです。観念したアリカは、その瞬間に体がビクッと跳ねたのを『なんとなく』感じた。
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