第111話

「素晴らしい。キミのような人間が、こんなにも近くにいたなんて。神に感謝するよ。なにもキミをどうこうしよう、というわけじゃない。キミもメールの送り主に興味があったんだろう? いつものように注文をしたいだけだ。他意はないよ」


 嘘……! 絶対に嘘……! そう言って安心させて、きっと、そう、きっと殺しにきたんだ。おそろしく頭のまわる殺人鬼。家までバレてしまった。警察、警察に電話は……したら、それこそ毒のことがバレてしまう……! ダメだ、ダメ、どうしたらいいの……?


「キミはこう思ったんじゃないか? 『誰か、人間で試したい。そのためには若く美しい女性がいい』って。だからこそ合うと思うんだけどね。誰のことかわかるかい?」


 ……なにを言っている? そんな人物、アリカは友人などいないんだから、わかるわけがない。よく知る、なんて言われても、学院くらいしか、アリカには関わりがないんだから、そんな人物——


 いや、待て。ひとり、思い当たる。少し落ち着いてきたのは、なんとなく、諦めの気持ちが出てきていたから。もう逃げられない、と悟ると、人は冷静になるのか、それともアリカだけなのかわからないが、たしかにミステリーの犯人で慌てているのは見ない。まぁ、演技なんだろうけども……。


「……その前に、ひとつ聞かせて」


 扉に背を当てながら、座ってアリカは問いかける。もう、どうにでもなれ。どうせここまでなったんなら、逃げることなどできない。深呼吸で整え、降参しつつも、流れに身を任せる。


「なんだい?」


「……あんた、こっちのなにを知ってるの?」


 問いの許可が出た。アリカの体はまだ震えている。自身のことをよく見ている人物。気持ち悪いが、まず誰なのか。知っている人物なのか、そうじゃないのか。果たして真実を言ってくれるのかもわからないが、会話を引き延ばす。喋り方など、なにか当てはまるものは。


 ハスキーがかった、絶妙に男女がわかりにくい声の相手は、「ふむ」と考え込む。


「情報を引き出そうとしているんだね。この状況だと、こちらが誰か、もしくは目的を聞くと思うのだが、その先のことを気にしている。他に仲間がいるか、なども引き出すいい質問だ。聡明だ。やはりキミは素晴らしい」


 俄然、この人物にとってのアリカの評価が上がる。


「先ほども言っただろう。手伝ってほしいだけだ。誰にも言っていない、いや、言えるわけがない。だからこそ、難しいかもしれないが、信用してもらうしかないね。だが、断るようだと、誰かに言ってしまうかもしれないね。気まぐれなもので」


 半分以上は脅し。最初から逃げ場などないし、選択肢もアリカにはなかった。ここまでか……と無気力に脱力して、白旗を上げる。

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