第19話

 ドイツでは閉店法というものが存在し、小売店や飲食店は日曜日は休みとなる。平日や土曜日も二〇時までしか営業が出来ないが、ビアホールや醸造所、駅中にあるお店など一部は、それらを緩和することが許可状さえあればできる。デュッセルドルフも例に漏れず、午前中は街中は閑散としているのだが、午後になるとビールを求め、人々で賑わう。特にテラス席は人気で、『時間』というものを大事にするドイツ人の片鱗が垣間見えるようだ。


 かつて、市を分ける門の鍵は、門から一番近い飲食店に預けられたという。その名残もあり、鍵のオブジェが店の前に置かれている店を多数見かけることができる。そのうちのひとつ、アンティークキーのオブジェが入り口置かれた店のテラス席に、ひとりの老人がいる。木製のテーブルにイスが四脚、白いパラソルで日差しを遮って、午後のうららかなビールタイム。周りには同じ一式の席が四つ。全て満席でビールを楽しんでいる。


「探した」


 そう、老人の横の席に座ったのは、ベルリンからはるばるやってきた少女、シシー・リーフェンシュタール。右手にはアルトビールを持っている。貰い物のベージュのチェスターコートにロングマフラー、革のブーツ。コーディネートは全部教えてもらった。


「おや、一週間ぶりだね。もう来ないかと思ってたのに」


 老人は深くイスに預けていた身を起こし、とりあえず乾杯。チビチビと飲んでテーブルに置く。


 それとは反対に、シシーは一気に飲み干し、テーブルにグラスを置いた。


「で、今日はどんな要件かな?」


 先週と同じように、柔和な笑みで老人はシシーに問いかける。まるでおじいちゃんと孫のような、微笑ましい絵面だ。実際にそんなことは全くないのだが。


 テーブルに片肘をついたまま、シシーは小さく漏らした。


「オレが間違っていた」


「ほう」


 予想していなかった言葉が返ってきて、老人は少し喜びを含んだ笑顔になる。


 お互い、通りを行き交う人を眺めながら、視線を合わせずに会話を続ける。


「今までのオレは、勝つことよりリスクを楽しむということに重点を置いていた。結果云々よりも、その過程が楽しければいい。もし負けたら、その罰は無感情で受け止めていた。受け流していた、のほうが正しいか」


 新たに運ばれてきたビールを一口飲み、数秒、思い起こす。勝って負けてを繰り返し、そのたびに身体に刻まれていく罪と罰。無気力な自分を鼓舞するために始めたことのはずが、いつの間にかそれすらも無気力になっていった。


「先週も言ったが、ここ最近、刺激が足りなくてね。その原因がなんなのか、わかるようなわからないような、ずっとモヤモヤしていた。そんな時、あんたに出会った」


「うんうん」


 頷きながら、老人も一口飲む。少しぬるくなってきた。飲み干して新しいのを待つ。

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