第18話
時刻は二二時過ぎのシェアハウス。いつもとは違う、レーストリムの黒いワンピース風パジャマを着て、シシーは悩む。明日の学校のためにも、旅行の疲れが残るシシーは早めに寝たほうがいいと考えている。考えているのだが、
「ララ、ちょっといいか」
ドアをノックし、返答を待つ。いつもなら勝手に入るのだが、躊躇っているようにすら見える。すでにドアの外になんらかの香りが漏れている。安眠を誘う香り、だと思う。
「はーい、どうぞー」
ララの返答が聞こえてからも数秒、ドアの前で待つ、というより佇む。たっぷりと間を空けて、静かにドアを開けた。
「? お肌のためにもそろそろ寝るんだけど」
と、言いつつも、ララはまたSNSに投稿をしている。毎日、寝る前のすっぴん写真を貼り付けてから寝るのがインフルエンサーらしい。写真が本当はすっぴんではない人もいるらしいが、彼女の場合は本物だ。お風呂上がりの火照った身体。若干着崩れたシルクのガウン。コメントでも「天使」「昇天しました」など、好意的なコメントが大半。
「シシーもルームアロマ使う? ギャスパー・タルマのオレンジアロマ。よく寝れるわ」
ララはスティックが刺さったガラスの瓶を手にし、シシーに見せる。先ほどから漂っていたのは、柑橘系の香りだった。強すぎない、奥に甘さも感じるマンダリンオレンジの香り。嗅いでいると、うっとりとしてくる。
シシーもその名前は聞いたことがある。有名なフランスの調香師らしい。たしか近々、ヨーロッパ中に香りの専門学校を作るとか、リビングのテレビで見かけた気がする。が、そんなことはどうでもよくて。
「ララ」
「ん?」
真っ直ぐ見つめるシシーの視線に、撮影中だったララは顔を向ける。いつになく真剣な表情。そもそも、この部屋に入ってくること自体、彼女は億劫なはずなのに、わざわざ来て、しかもいつもと違うセクシーなパジャマ。少し震えている。
「お願いがある」
言った後、シシーは唇を強く噛んだ。それでも視線はララから外さない。
「なにかしら?」
妖艶な笑みをララは浮かべる。空気から『それ』を感じ取り、撮影をやめ、ドレッサーのイスから立ち上がって、半開きになっているドアを閉める。震えるシシーの肩に左手をそっと置き、耳元で囁くように、
「聞きましょう」
そう言って、ゆっくりと鍵をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます