13 凸

 どれくらいこうしていたのだろう。

 スマートフォンを片手に、俺はしばし呆けていた。

 もしかして、かなりやばいのだろうか。かなりやばいかもしれない。

 スマートフォンの修理とか、機種変更とか。これ、もうとっくの昔に、いやもしかしたら最初から、そういう話ではなかったのかもしれない。浄島きよしまの言っていたこと、考えないようにしていたこと、こういうことだったのかもしれない。

 だってこれが仮に人の仕業だとしたって、盗撮どころか、住居不法侵入だ。血の気が引いてまた戻って、だんだんと冴えてきた頭で、ぼんやりと財布は無事なのだろうかと考えた。昨晩風呂から出た時点で、これを撮った奴はまだ部屋の中にいたかもしれない。いや、かもしれないじゃない。確実にいただろう。どこかに隠れていたのだろう。俺の背後にずっといたのに、普通の声量でずっと喋っていたのに、俺が全く気が付かないくらい気配を消すのが上手いのだから。きっと部屋のどこかにいて、今だってまだどこかにいるのかもしれない。

 俺だって本当はわかっている。人の仕業ではない可能性の方が、もはや高い。でもじゃあそれって何なんだ。俺は面倒くさがりだから、現実逃避のプロフェッショナルだから、そんな馬鹿げた想像をするのは避けたかった。考えてしまったら現実になってしまうかもしれないから。何か違う可能性を考えることにとにかく必死だった。

 愛衣は、愛衣のアカウントを管理している奴は、どうやって俺を撮ったのだろう。これが人為的なものだとして、例えばコンピューターウイルスに感染したとして、スパムアカウントの元締めみたいな犯罪組織がいるとして、俺みたいなただの貧乏学生の住所まで特定して、こんなアパートまでわざわざ押しかけてきて、こんなしょうもない悪戯をするメリットなんて、あるのだろうか。半グレ組織のやることなんて、せいぜいクレジットカードや口座の情報を抜いて不正利用するくらいじゃないのか。それでも、あってくれないと困る。何か理屈の通じる相手が、明確な悪意や目的を持って、俺にたちの悪いしょうもない悪戯を仕掛けてきたのでなければ困る。

 だいたいわかった。おとこのひとでも。

 俺の声で喋れるようになった俺じゃない何かは、今この瞬間も部屋の中にいるかもしれない俺じゃない何かは、おとこのひとで何をするつもりなのだろうとか。そんなこと少しも考えたくなかった。

 俺はいったいどこで間違えたのだろう。最初からか。

 でも、そんなに取り返しのつかない間違いだったんだろうか。

 いくらなんでもそんなことはないだろう。たかだかスパムだ。そうじゃないとしても、だってこんなのただのお遊びで、インターネット上にいくらでもいる無人のスパムで、路上の小石みたいなもので。だからまだ引き返せるだろう。間違ったことに気付いたんだから。まだ遅くはないだろう。これから間違えなければどうとでもなるだろう。


 そのとき、インターホンが鳴った。

 直感的に、会いに来たのだ、と思った。

 でもインターホンを鳴らすってことは、部屋の中には今はいないのなら、まだ最悪じゃない。まだなんとなかる。俺はまだ引き返せる。

 ドアの向こうにいるのがなんであれ、俺は絶対会いたくない。

 ドアチェーンをかけるにしても、窓から逃げるにしても、とにかくここにいてはだめだと慌てて立ち上がる。

 立ち上がったその耳元で、声がした。


「ありがとう。もらいます」

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