10 忠告

 固まっている俺を見て痺れを切らしたのか、浄島きよしまは机上の俺のスマートフォンを素早く拾い上げた。ロック画面から直接カメラを起動しようとして失敗したらしく、舌打ちをして今度は俺の右手を掴み、勝手に指紋認証でロックを解除する。何やってんだと言いたくなるが、想定外のことが多すぎて、声が出ない。

「こっち見ろ。撮るぞ」

 有無を言わさぬシャッター音が響いた。

 ピースサインをする余裕もなかった。「よし」と呟き、すぐに浄島は俺のスマートフォンを元の位置に戻す。それから、俺に自分で画像ファイルを開くように促した。表情を見るに、さすがに画像フォルダを勝手に覗くのは気が引けたらしい。勝手に人の写真は撮るのに、なんでそこ律儀なんだよ。

 仕方がない。自分の写真を自分で見るのは嫌だなぁと思いながら、画像を開く。

 そこに写っているのは、たぶん俺だった。

「うえっ」

 正確には、たぶん俺、としか形容しようのないものが写っていた。姿かたちははっきりとしているのだが、以前ミズキチのポスターを撮影した時同様に、顔の内部だけにピントが合っていない。顔貌の判別が困難なほどに、完全にぼやけている。いや、というよりも、まるで画像加工ツールで顔だけぐちゃぐちゃにかき混ぜて、さらに上からぼかし加工をかけたみたいだ。

 今回はそれだけではなかった。俺の左脇の下から、俺が今着ているのとそっくり同じ服を着た腕が、腕をよけて腰に手を回すようにしてぬうと生えている。お行儀よく揃えられた指は、親指を含めて6本あるように見えた。腕と指の多い身体。ぼやけてくしゃくしゃの顔。あれ、なんだっけ。俺はなんでこんなことになってるんだっけ?

 肩を並べてスマートフォンの画面を覗き込んできていた浄島も、隣で絶句していた。

 せめて写真を撮った張本人が、実は特殊なアプリを使ってましたー、とでも言ってくれないだろうか――と、俺はこの期に及んでも僅かに期待した。それか、俺でも浄島でもない誰かが「すげえ、心霊写真じゃん」などと笑い飛ばしてくれたなら、俺も一緒になって笑い飛ばしてそれから画像を気味悪いやと消して、それでこの話はおしまいにできるかもしれない。

 でなければ、この事態を真剣に考えなければならなくなってしまう。

 なんとか場の空気を戻そうと、無駄とは知りながらも無理に作り笑いをして口を開く。乾いた声が出た。

「や、やっべー。心霊写真じゃん」

 だが、その声は誰にも受け止められずに空中に霧散して、それから沈んでいった。作り笑いをしたまま浄島のほうを見るが、口元に手を当てて何かを考え込んでいる。

 耐えられなくなってきたその時、教室の扉が閉まる音がした。次のコマの教授が入ってきたのだ。徐々に周囲の喧騒が小さくなっていく。

 そうだ、今は授業に集中しよう。とにかく頭を切り替えようとスマートフォンを鞄に突っ込もうとする俺の手首を、浄島が掴んで、小さな声で言った。

「お前さ、本当はわかってるだろ」

 何が、と小声で返す。気にしていないふうを装おうとしたつもりだったが、思わず縋るような視線を向けてしまった。幸い浄島は俺とは視線を合わせることはせず、ただ真剣な口調で、諭すように言った。

「原因。俺にはわかんねえけど、マジでさ、やめた方がいいぞ。それ」

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