09 顔色
「この前のさ、お前のスマホカメラの件なんだけど」
隣に座るが早いか、
「あれ、どうなった?」
「え……まだショップ行ってないけど。直ってないんじゃね」
カメラが不調であることを、正直既に忘れかけていた。普段自分の写真を撮らないし、ここ最近は他人と撮る機会もなかった。面倒だから次の機種変のタイミングでもいいか、くらいに考えていた。
「原因、はっきりさせた方がいいんじゃねえの」
浄島は先程から、やけに深刻そうだ。
「でも別に。ミズ……ポスターの写真は、お前送ってくれたし。普段そんな困んないからまだいいかなって」
「……なんか心当たりとかねえの。スマホおかしくなるようなさ。落としたとか、水没させたとか、ウイルス感染したとかさあ」
もっと楽しい話題はねえのかよ、と思いながらも、一応カメラがおかしくなるより前の自身の行動を振り返ってみる。
物理的破損の線はないはずだ。確かに先代のスマートフォンのことは、自転車での走行中に鞄から落としたところをさらに自分で轢いて完全破壊したりした。だが過去を反省した俺は、今のスマートフォンのことを蝶よりも花よりも丁重に扱っている。水没もさせていない。尻ポケットにスマートフォンを入れているとトイレで個室に入ったときに思わぬ事故が起きる、そのことを俺は先々代のスマートフォンと共に既に学んでいる。
ならば、ウイルス感染か。
あまりよく覚えていない。おかしなリンクを踏んだり、スパムメールに返信したりはしていないはずだが。
スパム。
「あー……いや、……どれも無いかなあ」
強いて言えば、ツイッター内でお気に入りのスパムbotを作り、イマジナリーフレンドみたいに扱って遊んでいる――とは、さすがに言えなかった。
確かにリスクの高い行動を取ってはいるのだが、カメラ機能の不調とは結びつかない気がする。あれだけのやり取りでウイルスを送られたりするものなのだろうか。例えば俺のメールアドレスが既にどこかから流出していて、それがツイッターのアカウントと紐付けされて、スパムツイートに何かしらの反応をした場合は業者のカモリストに入れられる、とかならまあわかる。既に起きていそうなパターンだ。今のところ実際にメールが送られたりはしていないため、憶測の域を出ないが。
でも、俺が保存しまくっている多腕女子の画像は、ツイッターからダウンロードしたものだし。いくらなんでも、一度別のプラットフォームを通した画像データそのものに、ウイルスを仕込むことはできないだろう。詳しくはないが、なんとなくそう思う。というか、そう思いたい。
浄島はしばらく考え込んでいたが、ふいに俺のスマートフォンを指差すと、言った。
「なあ。ちょっとこれで今、お前自身の写真を撮ってみてくれよ」
「ええ。自撮りイヤなんだけど」
思いの外大きな声を上げてしまい、慌てて口を抑えた。きょろきょろと辺りを見回すが、まだ教授が来ていないので、それほど周囲は気にしていないようだ。小さく肩を竦める。
そりゃあ俺だってたまには記録程度に写真くらい撮るが、こんななんてことのないいつもの殺風景な教室で、特に整っているとも思えない自分の顔を撮影して、一体何が楽しいというのか。
「いいから。今すぐ、ここで撮れよ」
だが、浄島は浄島で一向に譲る気配がなかった。今まで見たこともないような鬼気迫る表情に、こちらもどう反応を返せばいいのかわからなくなる。
「なんなんだよ。お前、ちょっとおかしくね」
「おかしいのはお前だよ。最近のお前、顔色ヤバいんだって。そのスマホで何やったんだよ、お前」
「えっ」
返す言葉が見つからなかった。
俺は、そんなに体調が悪そうに見えているのだろうか。浄島は何をそんなに、焦っているのだろう。べつに、顔色が優れないなんてことはないはずだ。今朝だって洗面所で鏡を見たはずだ。何もおかしなところはなかったはずだ。確か。そう。起きてからすぐ洗面所へ行き、鏡を見た。
今朝の俺、どんな顔をしていたっけ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます