第12話 甘~いオブジェ
あの後、リーマや料理人たちに注目されながらではあったが、俺は薔薇の飴細工を順調に作り上げた。種類的には、紅いベリーで紅い薔薇を、ブルーベリーで紫の薔薇を、サフランのような香辛料の煮汁で黄色の薔薇を作った。ピンク色や青っぽいものにも挑戦したが、透明感や色合いを優先した結果、上手くいった3種類の薔薇で小さな花束を作ることに決めた。そして、透明の飴の台座に刺し、その周囲を編み目のような飴細工で包んで纏めた。
「よし、これで後は適当な冷暗所に置いておけば…、明日まで調理場の隅にでも置いておいて貰える?」
「め、滅相もない!こんな、宝石みたいなものを!割れたりしたら首が飛びます!」
完成!と一息ついて、今更ながら調理場を見回すと、冷蔵庫という便利な機械はないようだった。まぁ、涼しい場所に置いとけば良いだろうと、俺が気軽に提案したら、料理長から以下全員が完全にシンクロして首を勢いよく横に振った。
「大袈裟な~」
またまた~的なノリで俺は笑ったが、周囲は真顔のままだった。これが転生ものでよく見る『なんかやっちゃいました?』的なやつなのだろうか。読者的には若干イラッとするが、自分自身がやると『あれれ~可笑しいぞ~』的な某小学生探偵なノリになる。まぁ、周囲が笑ってくれないからスベった感じになるのは辛いものがあるが。
「はっ、箱が必要ですよね!私、誰か呼んで来ます!」
一瞬の沈黙を破り、焦ったようにリーマが大きな声を出したあと、バタバタと調理場から走り出ていった。俺は返事も出来ずにそれを見送ったが、普段は此方に注意する側のリーマが、礼儀作法も忘れて慌てるなんて珍しいとふと思う。
そんなに焦らなくても、今の気温なら飴細工は溶けないのに。まぁ、これから夏になれば分からないけどね。
「結構、余った切れ端出来たなぁ…」
完成品の他に、きちんと薔薇になっているが選ばなかったものと、更にハサミで切った余りや切れ端が残っている。勿体ないから、残りで何か作ろうかなと考えて、ショーンの顔が浮かんだのでショーンが喜びそうな可愛い動物を作ることにした。
先ずは、色合い的に小鳥が良いだろうと判断し、余った飴を色合いごとに纏めて鍋に放り込む。そのまま再び加熱し、柔らかくなったら油紙に出して軽く捏ねて纏める。適当な大きさを竹串のような細い串に付け、そのまま指とハサミで小鳥の形に形成した。
紅い小鳥と紫の小鳥と黄色い小鳥、それぞれ緑の葉っぱの上にちょこんと座っている。それを囲むように薔薇の花を配置して、全体を小さなオブジェのようにした。うん、可愛い。余りで作った割りには良い出来だ。これならショーンも喜んでくれるだろう。
そうやってフンフンと1人で納得しているところへ、リーマがセバスチャンを連れてやって来た。何故、よりによってセバスチャンを連れてくるかな。
「イアス様、調理場などで何をなさって…」
咎めながらズンズン近付いてきたセバスチャンが、急にピタリと止まった。その視線の先には、薔薇の花束と小鳥のオブジェが鎮座している。セバスチャンの後ろについてきたリーマは、新たに増えていた小鳥のオブジェに吃驚したのか、言葉もないようだ。
「明日はお茶会だし、念の為に手土産をと思ってね」
「これは…一体…、硝子細工ですか…?」
「セバスチャン様、違います!イアス様が水飴と砂糖からお作りになられたのですよ!硝子細工のように美しく、まるで魔法のように優雅に!」
俺が答える前に、フンスフンスと興奮したリーマが説明を始めた。若干大袈裟だが、俺が作ったのは間違いない。勿論、前世の飴細工職人ばりの神業にはほど遠いが、素人が作ったにしては上手く出来た部類だろう。
「これが…水飴と砂糖から…?まさか…」
「セバスチャン様、俺…いや、ずっと私たちも見ていたので…、真実、イアス様は水飴と砂糖で宝石のような薔薇を作っておしまいになりました。料理人の誇りに賭けて嘘は申しておりません」
呆然とセバスチャンが呟いた言葉に、料理長は胸のコック帽を握りしめてそう訴えた。いや、そんな大仰な!と思ったが、料理長たちの表情は真剣そのものだった。
「セバスチャン、食べてみれば分かるよ」
俺はオブジェ作りで欠けて余った葉っぱを摘まむと、セバスチャンへ差し出した。目の前に突き出された飴細工の葉っぱを、セバスチャンはより目でマジマジと見詰めている。
そんなに疑わしいかなぁ~
「じゃ、僕が食べて見せるよ」
言うが早いか、俺はセバスチャンの目の前から己の口へ葉っぱを移動させて、そのままパクッと行った。
「イアス様!何を!」
「ん~、あま~いよ!これ!やっぱり水飴と砂糖だからね~」
顔色を変えるセバスチャンに、俺は頬をモゴモゴさせながら笑って見せた。前世の感覚からすると、これは美味しいと言うより糖分の塊なのでちょっと甘すぎる。しかしながら、この世界ではかなりの贅沢品だ。飴として、もう少し風味や香りが欲しいとか我が儘は言えない。
「ほ、本当に、これが砂糖…」
恐々と薔薇を見詰めながら、セバスチャンは唾をゴクリと飲み込んだ。
まぁ、ぱっと見ツルツルした光沢と透明感のせいで、セバスチャンが硝子細工と勘違いするのも仕方ないけど、これは食べてみれば一発で分かるし、匂いも甘いはずなのだが…。
も~!四の五の言わず食べてくれよっ!
「あ~、イアス!こんなところにいたの!」
俺の若干イライラし始めた思考を打ち破るように、ショーンの明るい声が響いた。驚いて調理場の扉へ向き直ると、ショーンがひょっこり顔を覗かせている。どうやら自分の授業ノルマが終わったので、俺を探していたようだ。
「ちょっと作りたいものがあって。そうそう!お兄ちゃんの喜びそうなのも作ったからあげるよ!」
「えっ!ホント!?何々??」
ワクワクを抑えきれないのか、ショーンはつんのめりそうなほどに身を乗り出した。見かねて、後ろから付き添っていた侍従がショーンの肩を支えている。
「こっちこっち!これ!」
俺が調理場の中へショーンを手招きすると、セバスチャンは顔をクシャッと顰めた。一瞬、ショーンは躊躇ったが、好奇心に抗えなかったのか、調理場の中へ入ってきて、俺の傍にトコトコと素早く歩いてくる。
その様に、セバスチャンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているが、寧ろ、ショーンがこんな時でも走らないのは王子教育の賜物なのだと褒めてあげて欲しい。
「わあぁぁ~!何これ何これ!小鳥さん!?」
「うん、お兄ちゃんにあげようと思って作ったんだ!小鳥さんもお花も葉っぱもぜ~んぶ食べられるからね!甘~いよ!」
ショーンは俺の隣に身を寄せ、一緒に台に昇って甘いオブジェをキラキラした瞳で見詰めている。セバスチャンと違って、そこには疑いの欠片もない。信頼度100%の目と表情だ。
「すご~い!ショーンが作ったんだよね!?こんな綺麗な小鳥さん初めて見たよ!こんなスゴイのくれるの!?本当に!?いいの!?」
「うん!お兄ちゃんの為に作ったから、お兄ちゃんが貰ってくれるのが1番嬉しいよ!」
ショーンに力強く頷くと、俺はセバスチャンを返り見る。
「これ、ショーンの部屋に運んでくれる?こっちも僕の部屋に運んで貰おうかなぁ。ここに置いとくと、料理長たちの心臓に悪いみたいだし」
俺が苦笑いを浮かべながら料理長たちを振り返ると、彼らは必殺の形相で何度も頷いた。
そんなに責任追及されるのが怖いか~。まぁ、この世界じゃ仕方ないのかもしれない。ここは総じて命が軽いのだ。それが平民なら尚更で、貴族の気分次第で物理的に首が飛ぶ。
「じゃ、宜しく頼むよ!」
わざとらしく肩を竦め、俺は台から下りるとショーンの手を握って部屋に戻る事にした。今は一応王子扱いとは言え、あのクソ皇帝の事だ、いつ掌を返されるか分かったものではない。そういう意味でも、明日はある種の試金石となるだろう。
俺は決意を固めるようにショーンの小さな手をギュッと握り込んだ。
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