第3話 裏切り者
異常にテンションが上がった皇帝を見上げながら、俺が「あ、これ、あかんやつじゃね?」と思った瞬間に、首を刎ねられた。
いや、正確に言うと、刎ねられそうなのを寸前で除けたのだが。その切っ先に力が入り過ぎたのか、皇帝がよろける。どうやら、床タイルを砕く勢いで振り下ろされたらしい。
「貴様!」
避けるな!と言わんばかりの目で睨まれても、此方としても簡単に死ぬわけにはいかない。せっかく異世界転生したのだから、第二の人生として幸せになりたい所存なのは当たり前ではないだろうか?まぁ、正確に第二の人生かどうかは、生まれ変わりの記憶が今回しかないから分からないが。
「その目!その目が生き写しだな?!この国にはない黒髪黒眼の異様な風体で我に近付き裏切った女!」
皇帝と距離を取りながら成る程と思った。どうやら、俺の実母はコイツを裏切ったらしい。と言うか、コイツが裏切られたと勝手に思い込んでいるのかも知れない。
思い込み激しそうだしな。アレだ。皇帝とかに為る奴は、総じて猜疑心が強くて思い込み激しいんだよ始皇帝みたく。
「陛下!ニールは!あの子は、その様なことは!裏切るなどと!陛下を心より慕っておりました!」
ダーシャが俺を庇うように俺の身体に抱きついた。
うわ、柔らかい!じゃなかった。うん、有り難い有り難いよ。本当にダーシャは美人だし性格もいいし健気だね。でもさ、この体勢は皇帝の剣を避けられなく為るから止めて!
「言うに事欠いて、あの女が我を慕っていただと!?他の男の子を孕んだ女がかっ!?」
怒りでブルブル震えている為に、皇帝は剣を取り落としそうになっている。その隙に俺はダーシャの腕から離れて、敢えて皇帝の懐へと近付いた。
「なっ!?」
男だと気付かれた時に、俺が丸腰であることは皇帝も分かっていただろうが、いきなり懐まで飛び込まれて皇帝側に一瞬の隙が生まれた。
ここで刃物でも持っていれば心臓を狙うのだが、生憎とイアスは無力な普通の男児で、暗器の類を忍ばせている訳もなかった。
「陛下!僕は今、陛下の目の前で実母が裏切り者ではない証拠を示す事が出来ます!」
咄嗟の思い付き、詭弁の類、そう見做されるだろうが、万々一の可能性に俺は掛けた。現在までの短い今生を全てベットする一世一代の大勝負に出たのだ。まぁ、7歳くらいだから、そんなに長くない人生だけど!これからの人生の方が長い筈だから余程の大博打には違いない!
ジャイアントキリングだ!7歳児から皇帝へのジャイアントキリング!
……まぁ、成功すればだけど。
「……ほぅ、貴様があの女の罪を証明すると申すか」
乗ってきた!と言うよりは、実母の裏切りは確定として変わらないが、藻掻く虫を甚振るように嘲りながら殺すつもりらしい。
ホント、この手の被虐趣味って嫌ね。
「はい!ご納得いかなければ僕のことは如何様にも」
態とらしくハキハキと明るく返し、先に待ち受ける苛烈な拷問も予想出来ない愚かな子供を演じた。ダーシャが後ろで息を飲んだのが分かったが、仕方ない。
詭弁でも何でも、今は時間を稼ぎ出す。
「先ず、僕とダーシャたちが赤の他人であることを証明致します」
「どの様に証明する?お前は何も持っておらぬではないか」
皇帝は目の前で睥睨しながら低く呟いた。今も怒りでギョロリとした目だが、先程までの様子よりは幾分か落ち着いている。
「僕の血によって証明いたします」
これは賭けだ。ハーレムの皆を巻き込んでいるけど、失敗したら御免なさい。失敗したら俺と一緒に殺されるけど。
「血に?」
「誰か、たくさんの小皿をお持ち下さい」
俺が静かに言葉を放つと、ダーシャが目配せをしてくれて、白磁が運ばれてきた。日本画などに使う小皿のような形で、ツルリと表面が光っている。ガクガク震える下女からダーシャがそれを受け取り、俺に渡してくれた。
俺は黙って指を噛み切ると、ポタポタと血をそこに滴らせた。
「…イアス!」
小さなダーシャの声を無視して、俺は皇帝に向き直る。
「ここに、ハーレムの女性の血を少し混ぜて下さい。実母ではない故に、その血は混ざり合うことはありません。僕の血は自然の状態よりも早く凝固いたします」
俺は尚もハキハキと言い切った。この世界に遺伝子検査があればこんな博打を打つ必要はないのだが、そもそも托卵を疑ってる時点で調べる方法がないのだろうと予想がついた。
ではどうするか。かなり不確かな方法だが、血液型で判定するしかない。勿論、己の血液型も皇帝のもハーレムの女達のも全く分からないが、凝集反応なら一応は目に見えて分かる。それしかない!と、俺は賭けた。
太古の昔から男が恐れていた托卵!日本の神話にもあるくらい恐ろしい!疑われる女性側から見ても証明方法がないのは恐怖でしかない!神話宜しく、火に飛び込む訳にもいかないしね。
凝集反応さん、お願いします!
「……お前の呪われた血ならば、当たり前の事ではないか?」
暫し無言のまま此方を眺めていた皇帝が言葉を発した。はぁ?と言いそうになったが、耐えた。俺、偉い。
「忌み子だと、呪われた血だと断じるならば、ハーレムの女性たちで試した後に、陛下の御血を以て、僕の血の呪いを証明するとお約束下さい」
アンタが呪いだってんなら、尊い皇帝陛下の血とも当然混ざり合うことはないですよねー?証明してくれますよねー?と慇懃に煽ってみた。
大博打な上に煽りまでやらかしたのだ。外したら、想像を絶する拷問に掛けられるだろう。まぁ、最悪自分はいい。だが、ダーシャたちハーレムの女達には本当に申し訳ない事になる。どうか、当たってくれ!
「良いだろう。我のハーレム内のこと故に、貴様の呪いを手ずから証明してやろう」
不遜に口角を上げる皇帝を見上げ、俺は余裕そうなフリをして笑顔を作った。内心はガクガクしながら手を合わせて神様仏様に祈っていたが、脳内で異世界チート神が答えてくれる事はなかった。
うーん、優遇措置がないのが何てリアル!こんなリアリティーは求めてないよ!
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