第7話 耳の欠けたエルフ

 さすがにボロボロの衣類のままで街中に出るのははまずいということで、フォルさんがネーヴに衣服を貸してくれた。

 茶色のロングコートは彼女の髪色と相まって、全体的にやや地味めになってしまう。けれども今は街中で目立つよりはいい。

 

 よく見ると彼女のスタイルの良さも相まって先程とは別人に見える。馬子にも衣装とはこのことだろうか。……というか色々と大きくて私からすれば羨ましい限りなのは当の本人には絶対に内緒だ。

 


 「……店や屋台を見て回るのは、後」

 あちらこちらへふらふらと移動しようとするネーヴの腕を、まるで手綱でも握るかのように引っ張る。


 「でもよ……見たことないものや美味しそうなものばっかりで……好奇心が止まらないんだが??」

 彼女はやはり街中のものが気になるらしく、移動に予想以上に時間がかかってしまった。お腹も鳴っている。


 仕方なく、出店で串焼き数本を奢ってあげた。

 ……利子付きで。




 「──やっと見つけました!!銀翼さん!!」

 大通り一面をも通り抜けるような声色で声をかけられてしまった。


 「…………また??」

 

 

 大きなギルドの建物がようやく見えてきたと思いきや、面倒な存在と出会ってしまった。まぁ実は少し前から何故か目をつけられてしまっていたのだが……。

 名前は確か……エルフ族のリーナとか言ったっけ。少し前にこの都市に来た……らしい。


 少し癖毛のある腰まで伸びた亜麻色の髪をポニーテールにし、白と緑を基調とした魔導装飾の施されたロングスカートを優雅に着こなしている。その瞳はどこか引き込まれそうな翡翠色。容姿端麗な身体つきと喜怒哀楽に富んだ表情のおかげだろうか、どうやら街のアイドル的存在になっているらしい人物。


 異端な点を挙げるとすれば彼女は左耳の一部が欠けていたこと。……まぁ私にはどうでもいいのだけれど。



 「あ、見つけました!パーティーに入れてくださいぃ〜!!銀翼さん〜!!」

 私を見つけた途端リーナは相変わらず明るく元気な声で懇願してくる。


 ……目立っちゃうからお願いだからもっと静かにしてほしい……しかもなんでその名で呼ぶかなぁ……

 しかも初対面のネーヴは誰だこいつ、というような目で見ているし。


 「……嫌。それに、その名で呼ばないで」


 「うぅ〜レネさん〜そこをなんとか〜!!」


 「……なんで私と組みたいの?」


 「うーん、直感??ですかね??強いて言うなら、私たちは似たもの同士だから??」


 「却下」


 「えぇーー!!」


 「……そもそも私と対照的に貴女は都市中で人気者じゃないの……?」

 

 「人気が出ようが出まいが私はずっとフリーの一匹狼ですよ〜!!それに貴女だって強くて人気者だったらしいじゃないですか〜!!」


 「……それはたとえ事実だったとしても、遠い過去の話。それにもう私、誰とも組む気は無いから」

 きっぱりと否定しておかないと、これはズルズル行くやつだと思ったので私は冷酷な目線と共に強く彼女に言い放った。

 過去のことはもう、過去に置いてきてしまったままだから。

 

 「えっ!?レネって昔はもっと強くて人気者だったってマジなのか??」

 ネーヴがついに話に食いついてしまった。

 

 「…………」

 あまり詮索するなと言わんばかりに、私はネーヴを冷たく一睨みすると、彼女は少ししゅんとしてしまった。

 確かに私は姉さんと組んでいたころ、飛ぶ鳥を落とす勢いであったのは事実。でも、銀翼という名で呼ばれていた栄光は、もう過去のものにすぎない。


 「ところで……貴女は龍族の方……ですかね?リーナ・ティルタニア、エルフ族です。この都市で冒険者として暮らしています」

 

 「まぁ、そうだな。ネーヴ・フロゥリアムだ、よろしく。レネに助けられて、お互いの目的のために協力関係を結んでいる」

 改めて二人が互いに礼と共に自己紹介をする。龍族とエルフ族。奇しくもこの都市では中々見かけない種族同士。

 

 「……ほら!ちゃんとここに組んでる仲間がいるじゃないですか!なら私も!!」


 「……別に好きで組んでいるわけじゃない。目的を果たすためのほんの一時的な協力関係なだけ」


 「それを普通はパーティーとか仲間って言うんですよぉ!!」


 埒が開かないので、もう無視してギルドに入ることにした。けれど彼女はいつもだとギルド内までは来ないのだけれど、何を思ったのか一緒に着いて来た。何気に初めてで少し困惑した。だがここで彼女を糾弾でもしようものなら一斉に私に敵意が向いて面倒なことになるのは見え透いていたので、仕方なく同行を許した。

 分かってはいたものの、私が入るやいなや、毎度の如くどのテーブルからもコソコソと罵声の混じったような話し声が聞こえ始める。……まぁもう慣れたけど。


 「……これで分かった?この街で私はもう疫病神。ただでさえ人気者である貴女が、私と組んだら何と思われるか────」


 「貴女の過去に何があったのかはお察ししますが、別にこれくらいでは私、何とも思いませんよ?」


 ギルド奥へと足を進める中、冷たくあしらったつもりだったが、彼女は私の想像とは異なり、何故こんな些細な事を気にしているのかとでも言わんばかりにきょとんとしていた。


 「それに──私の目的は街の人気者になることではありません。……少しだけ、お時間をいただけますか?それで納得していただけなければ、二度と貴女には近づきませんから」


 

 まるで覚悟を決めたかのような表情で、彼女は私にそう告げた。それは普段の声色や表情とは全く異なっていて、その碧く爛然と輝く瞳と合わせて、思わず見入ってしまいそうなくらいに。


 ギルド奥のあまり目立たない場所にある円形のテーブルに着くやいなや、おもむろにリーナは話し始める。


 「……見たんです。二人が異世界人を倒すところを。この二人となら────」

 

 「……私は何もしてないけどね」


 「いやいや、貴女もかなりの数の炎弾を撃ち落としてたじゃないですか、あんなの簡単には出来ませんよ?それに────」


 実際、異世界人を倒したのはネーヴだ。事実、私の攻撃は手も足も出なかったのだ。

 けれども次の瞬間、彼女から出た言葉に、私は思わず固まってしまった。



 「お二人と組めば、本気で異世界人全てを倒してでも『奇跡の果実』を手に入れることが出来る──そう思いましたから」


 リーナは胸に手を当てながら、まるで自分は本気なのだと言わんばかりの真剣な眼差しを私たちに向けながら、そう告げた。


 『果実』というワードが出た瞬間、気になったのかギルドにいる冒険者たちが一斉にこちらを向く。『奇跡の果実』が出現してからというもの、この都市は異世界人の息がかかっているにもかかわらず冒険者で更に溢れかえるようになった。何せ手に入れれば願いが叶うというのだから。それだけ、この都市において果実の情報というものはたとえ些細なものであっても貴重とされている。


 

   


 「──なんで、その果実が欲しいの?」

 

 

 「私の果たさなくてはいけない目的のためです。今はまだ、言えませんが……」


 

 その言葉はまるでどこか重い十字架を背負っているような重みを感じざるを得なかった。

 彼女の目は、まず間違いなく本気に思えた。そしてその眼がほんの一瞬、姉さんの面影と重なってしまい、思わず言葉が出なくなってしまった。



 重い沈黙を切り裂いたのはネーヴだった

 「目的も一致してるし決まりだな、強い相手に対して数は多いに越したことはないはずだ。ひとまずは──」


 彼女の本気度は伝わった。喋った感じからして悪い奴とは到底思えない。けれども────

 「待って。まだ組むと決めたわけじゃない。それに、私は彼女の戦う姿を一度も見たことがない。実力も分からない奴を安易に信用しろっていうの?」

 勝手に決めようとするネーヴを思わず声を荒げて反抗してしまう。さらに周りの冒険者たちも何事かと一斉にこちらを向いたので、私はどうにもばつが悪くなってしまった。

 

 

 「……まぁ、普通ならそうですよね。でも少なくとも、先程から嫌というほど視線を向けてくる、ここにいる冒険者よりは強いですよ?」

 だが涼しげな表情を浮かべながら放ったその言葉で、盗み聞きしようとしていたこの場にいる他の冒険者は皆目線を泳がせてしまう。


 「あぁ、なんなら私の『天恵』の事までお教えしましょうか?私は『森羅万象エレメントスフィア』──主属性は風と氷……それから土、水、光の加護なども受けています」


 ──それは、聞いただけでも強いと分かるものだった。この世界にはあらゆる属性の加護が存在すると言われるが、五属性の加護持ちは探してもそうそう見つからない……いや、いないかもしれない。

 異世界人のように特別な能力が無くても、彼女ならば色々なパーティーから引っ張りだこに間違いないというのに。


 だが自分の能力について大衆の場でペラペラと話すのはこの都市では殺してくれと言っているようなものだ。それなのに、この場で言うということは、そこまで本気ということなのか。


 「……そんなに強いのなら、どうして」


 「だから、言ったじゃないですか、お二人となら……と」

 やや不敵に笑う彼女の瞳は、どこかくぐもっていた。私が知らないだけで、彼女も彼女で苦労していたのだろうか。


 「……分かった。──じゃあ、証明して」

 考えに考えた私はとりあえず適当な討伐依頼書を掲示板から引っ剥がしてきて、彼女の前に置いた。流石に適当とはいえあまりにも難しいものは避けた。死なれても困る。

 

 「ありがとうございます。仮ですがひとまずパーティー結成ということで、よろしくお願いしますね」

 彼女はお礼を言うと共にお辞儀をした。だがそれはまるで王族や皇族のような、非常に礼儀正しいお辞儀だったので、私は驚かざるを得なかった。



 「貴女……もしかして、どこかの王族だったりするの?」

 

 「……ふふっ、どうでしょうね?」

 彼女は秘密ですと言わんばかりにそっと唇に人差し指を立て、小悪魔のような笑みを浮かべた。


 


 




 



 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る