第6話 宿屋
異世界人を退けたのは良いが、ネーヴの衣食住ををどうするか決めていなかった。彼女はギルドに登録していなければ、一文無しでもあり、故郷も遠く、簡単には帰れないらしい。
ひとまず私は住まわせてもらっている宿屋に戻ることにした。……あの人がなんと言うか、知らないけど……まぁ短期間なら許してくれる……はず。
転移結晶で都市へとワープし、帰路に着く。
やはりというか、彼女は見たこともない景色やお店に興味津々だった。……まぁ体力も魔力も充分に回復していないだろうし変な気は起こせないはずだ。
「着いた」
宿屋・幸泊堂。都市メトリヴィルの中心部の外れにある木造二階建てのこの白い建物は、そこら辺の住居よりも二回りくらい大きい。見えづらいが外部はしっかりと魔法結界のようなものが張り巡らされてあり、そんじょそこらの魔法攻撃じゃびくともしない……らしいが、真相はよく分からない。
ガチャっと木製のドアを開ける。相変わらず一階の食堂の客入りは良好なようで、私たちには目もくれず食事や談笑に花を咲かせている。
「あっ!おかえ……………り???」
私に気づいて、真っ先にこちらを振り向いたのが、店主のフォルトナさんだ。おそらく姉さんと同じくらいの歳なのだが、もう既に店主となって宿屋を切り盛りしている。
聞けば昔、助けられた恩があるらしく、姉を失い彷徨っていた私を保護し、住居を与えてくれた。そして私は、この宿屋の使われていない部屋に住まわせてもらう代わりに、必要な物を調達したり足りないお金を稼いだりして普段は暮らしている。
瑠璃色の艶やかな髪をサイドテールに纏め、目鼻の整った顔でにこやかな笑顔を振り撒く彼女目当てに、この幸泊堂を利用する客も多い。その細くも綺麗な腕でいつも多くの料理をこなしたり、食事を運んだりしているのだから、初見の人は驚いてしまうのも無理はない。
目は髪色とは真逆で温かみのある山吹色。だが私に驚いてしまったのかそんな目をパッと見開いた状態で固まってしまっている。
「ただいまフォルさん、一人連れてきちゃったんだけど、大丈夫?」
「……え、あ、うん。今だったら一人ぐらいなら平気よ?とりあえず、二階にお願いね」
彼女は私の言葉でようやく我に返ったのか、二階へ行くよう促し、再び仕事に戻る。
「うーん……どこか、見覚えがあるような、ないような」
ネーヴはフォルさんを見て何か思うところがあるのか、首を傾げていた。面識があるのだろうか。
「……ひょっとして、知り合い?」
「いや、気のせいだろう、気にしないでくれ」
否定はしたものの、どこか腑に落ちない様子だった。
(……まぁおそらく彼女は疲れていて頭がうまく回ってないだけだろう)
「……お待たせ。で、そちらの方は?
仕事をある程度済ませたフォルさんが二階の私の部屋に入ってきた。だがその反応を見る限りはどうやらネーヴのことを何も知っていなさそうだ。
「この人、廃墟に捕まって…………色々あって、連れてきちゃった」
「初めまして、ネーヴ・フロゥリアムと申します。牢獄に捕まっていたところを、彼女に助けられました」
膝をつき、かしこまった言葉遣いで自己紹介をする彼女は、まるで初めて会った時とは別人のようだった。
「この宿を経営しているフォルトナ・ハーリスよ。────なるほど貴女、あの収容所にに捕まってたのね…………ってはならないわよ!!あそこ数ヶ月前に廃墟になってるのよ??なんでそんな所いるのよ??え?ということは、囚人??うそ!?しかも角も翼も生えてるし!!それに服も身体もボロボロじゃない!!」
珍しくフォルさんが取り乱していた。まぁ初見じゃそういう反応になるだろうなと予想はしていた。というか、そうならない方が無理だろう。いくらこの都市に様々な種族が生活しているとはいえ、龍族なんて中々お目にかかれない珍しい部類なのだし、囚人であることにも変わりないわけだし……むしろ一階の方で騒ぎになっていない方がおかしい。
「でも、悪いやつには見えないし、レネとこうしてるってことは…………」
やはり色々と気になるのかフォルさんはじーっとネーヴの身体のあちこちを物珍しそうに舐め回すように見ている。
「助けたお礼に、協力してくれるって」
「あら、そうなのー。じゃあせっかくならうちの宿屋の手伝いも──」
「お前さんの要求は飲まないぞ、私を助けてくれたのはレネだからな。それに、私は私でやりたいこともある」
ちゃっかり手伝いを押し付けようとしたフォルさんに、ネーヴは間髪入れずに断りを入れた。
「衣食住付きならどう??何かしらやるべき事や目的があったとしても、少なくとも住居はあった方が良いでしょ?それに、その様子ならお金も持っていないでしょうし、しばらくの間は食べさせてあげるわよ??」
ネーヴはだいぶ怪訝そうな顔をしたが、少々考えたのちに、まぁ私にできる範囲でならと、承諾した。二人が揉め合ったらどうしようかと思ったが、杞憂で住んで少し安心した。
一応、『奇妙な色の雨』についての情報をギルドに持っていくために、私は少し休憩した後ネーヴを連れて街中へと繰り出すことに決めた。
……もしかすると情報代でいくらか貰えるかもしれないからね。
まぁもし仮に私の目が届かなくなったとしても、フォルさんに見ていてもらえさえすればおそらくは大丈夫だろう。
今この街で唯一信用できるとしたら、あの人くらいなのだから。
「……どうしたの、まだ、何か気になるの?」
「…………あの髪色と目、どっかで見た気がするんだよなぁ??」
ネーヴはフォルさんが仕事へ戻って行った後もしばしば首を捻らせ唸り続けていた。
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