第5話 記憶と視線
敵わないと思っていた。いや、思い込んでいたのかもしれない。そんな異世界人を、それも三人を、たった一人で、ネーヴは真っ向から立ち向かい倒した。
もはや信じがたい光景の連続で私の頭の中は混乱しきっていた。
間違いない。この龍人は
「ガハッ……!!」
だがネーヴは流石に強大な力を使った反動か、血を吐いて倒れてしまった。
さすがに今ここで死なれては後が困るので、慌てて駆け寄って、身体の状態を確認する。
「……大丈夫だ。久々にデカいのを使ったから、反動が来てるだけだ……しばらく動けそうにないけどな」
強がりを言ってはいるもののさすがに大丈夫そうには見えなかった。
『
ひとまず最低限の回復魔法を使ってあげた。これで大丈夫だろうが、おまけに予備で持っていた回復薬も渡しておいた。……我ながら凍った心の持ち主と言われた割には尽くした方だと思う。
ひと段落ついたかな、と思い立ち上がって空を見ると、信じがたい光景が広がっていた。
爆炎を纏った巨大な隕石のようなものが、こちらへ向かって落ちてきていた。それも数十個以上。
目の前の光景に目を奪われっぱなしで、今まで気づきすらしなかった。
────あぁ、あの瞬間か。
炎魔法を放った異世界人はおそらく、一定の時間差で攻撃が届くように、彼女への攻撃とは別で、遥か上空に目掛けて数十発打ち込んでいたのだろう。
(……まぁ力を持つ異世界人である自分が一瞬で死ぬことになるとは思わないだろう、普通なら。)
「────くそっ、死んでもあれは消えねぇのかよ……」
どうやら彼女も今気づいたらしい。普段の彼女なら大したことのない数と威力だろう。だが、しばらく満足にも動けそうにはない状態だ。もし下手をして一発でも喰らってしまえば、ひとたまりもないだろう。
私が何とかしなければ。
けれど、どうする?
逃げる余裕はない。
防御魔法で防ぐ?
いや、威力が分からなさすぎる。
防いだとしても、爆風にまで耐えられる??
────いや、後手に回る択で迷うぐらいならば、いっそのこと────!!
ほんの数秒、そちらの方向に思考を巡らせた瞬間、不意に姉さんの記憶が蘇ってきた。
「いい、レネ?魔法はおそらく想像やイメージが大事なのよ。私はあんまり魔法には適性がないけど、あなたなら、やろうと思えば何でも出来るはずだから…………まぁとりあえず迷ったら誰かの真似でもしてみればいいんじゃない?」
魔法は、突き詰めれば想像の具現化。つまり、使い手次第で何にでも化ける。そういえば昔そんなことを言ってたっけ。
「私が想像するのは────」
身の毛もよだつような、冷気と氷。ほぼ一瞬で異世界人を三人も葬り去った攻撃を、おそらく生涯私は忘れることはないだろう。
時間はあまり無い。
方針は決まった。
「『
ただ静かに目を瞑り、右手を天に掲げ、先ほどの光景を思い描く。流石にあんなのは私じゃ無理だろうけど、せめて半分くらいなら。
掲げた右腕に一瞬で魔力が集まる。次第に体温が下がり、右腕が魔力の影響を受けすぎているのか凍り始める。
けれどもなんだか体も魔力もすごく調子良く感じていた。これなら、先程異世界人相手に使った時よりも強力な魔法が放てそうな気しかしなかった。
目を開け、標的に向かって一寸の狂いなく打ち込む。想定以上の数の氷槍を作ることができたのは我ながら驚きだった。
空中で隕石が順々に爆発音を上げて破壊されていく。
────結果は全弾命中。あまりにも気持ちが良かった。いつぶりだろう、こんな感覚は。
これまでも別に攻撃魔法が使えなかったわけではないけど、ここまで即座に、そしてこの威力を正確に放つことは出来なかったはず。
爆発音と煙幕が収まったところで、大きく深呼吸をした。これほどにも良い気分なのは、久々だった。
(でも少しやりすぎたかな、近くに誰かいたら面倒だ……まぁでも多少の破片くらいなら、別に当たってしまっても大丈夫だろう)
そう思いつつも、辺りを見回し問題ないことを再度確認し振り返り、ネーヴの側へと戻る。
「お前、中々やるじゃないか、あいつらに使った剣撃と魔法を見た時は、さすがにへなちょこすぎないか……とは思ったが」
彼女は満足げな表情をしていた。
「……私は攻撃は得意じゃない……それに──」
私は不貞腐れたような表情で、まだ寝っ転がっている彼女のおでこをコツンとつつく。
私の天恵は他者強化なのだから仕方ないと言おうと思ったが、やめた。この世界で自分の能力をひけらかすのは得策ではない。下手すれば生死にすら直結してしまうからだ。
でも、この時の私は何か心の霧が一つ晴れたかのような気持ちの良い気分だった。
「帰るよ、立って?」
「まだ無理です動けません……」
この龍人、まだ立てないらしい。今の私は気分が良いからいいけど、全く世話が焼けることだ。
魔力もまだ回復していないようなので、仕方なく両手で無理矢理にでも抱えて帰路につく。幸い転移結晶のおかげでたいして距離は無いに等しいので、この程度なら私でも余裕だ。
「華奢な腕と体なのに、意外と力持ちだよな。それに、威力は抜きにしても色んな種類の魔法を扱えるのは流石だな」
「……姉さんに鍛えられたからね、これくらい出来ないと、この世界じゃすぐ死んじゃうから……」
「というかレネ、そんな顔もできるんだな」
「……顔?」
私は訳が分からず、思わず首を捻った。
「廃墟で出会った時、お前の目も顔つきも澱みきっていて、まるで正気を感じなかった。無力感の中、生きているような、そんな感じだったのが、さっきの顔は間違いなく破顔していた」
「……そう」
「別に過去を詮索するつもりはないが……一体過去に何が──」
「貴女のことをまだ完全に信用した訳じゃないから、またそのうちにね」
彼女の言葉を遮り、私は精一杯の作り笑顔で彼女に微笑んだ。
目的を果たさない限りは、私は過去と決別することなんてできないから。
それに、ネーヴを完全に信用することができなかった。確かに彼女は強い。だからこそ……厳密に言えば、信用し信頼したその先で、裏切られるのが怖かったのもある。
────私一人でまともに当たれば絶対に勝てないことを知ってしまったから。
というかそもそも小一時間行動を共にしたくらいじゃ信頼関係を築くなんて無理なのだと自分自身に言い聞かせながら、足を進めた。
そんな光景の一部始終を、木陰からじっと見られていたことに、私はこの時気づいていなかった。
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