第4話 白氷の宴と姉の面影

 

 ネーヴは異世界人の相手をすべく立ち上がり、ゆっくりと私の目の前へと歩んでいった。回復薬を飲んだとしても、長い間囚われていた身体はボロボロのはず。正直、充分に戦えるようには思えなかった。

 

 「────下がってな、レネ」

 

 (────大丈夫よレネ、私に任せなさい!!」)


 振り向いて涼しげに笑うネーヴの顔つきが、間違いなく、かつての頼れる姉さんの表情と重なって見えた。

 

 そして異世界人に立ち向かうその凛々しい背中にですらも、どこか姉さんの面影を感じてしまった。



 「ほぅ、今度はそっちのお姉さんが相手か。でも、見たところボロボロだが、大丈夫かい?」

 格下だと思っているのか、はたまた怪我人だと思っているのか男たちは舐めた口調と共に嘲笑している。

 


 「はぁ……?逆に後悔しても知らないぞ?」

 だが異世界人の言葉に一ミリも臆すことなく、逆に彼女は睨み返し、挑発する。


 「おいてめぇ、調子に乗ってると──」

 癇に障ったのか、男の一人の片腕がみるみるうちに巨大化していく。

 「痛い目見るぜッ!!!」

 

 「ほーら始まった、モグリの能力」

 「あれやりすぎると標的が残骸すら残らないからやめろって言ったのに……」

 

 「『潰す、巨腕デスアーム』!!」

 モグリと呼ばれた男は巨大な腕は恐ろしい速度でネーヴを押し潰し、大地を抉った。轟音と砂煙が過ぎ去ったのち目を開けると、目の前の地形が一瞬のうちに荒れ果てていた。


 天恵──この世界で一人一人に与えられた異能や超常的な能力。個人差は大きく、本当に様々らしいが……あの男の天恵はおそらく巨大化の類だろう。腕のみであの破壊力なのだから、間違いなく強い部類の異能に違いない。

 

 恐怖で思わず顔が引き攣ってしまう。早く逃げの手を考えなければ……そう思っていると、ネーヴは地面からひょっこりと顔を出した。

 

 「あ?これが攻撃か?」

 彼女は地面にめり込みながらも、ピンピンしていた。よくよく見れば、防御強化魔法を自身に掛けている。単なる脳筋……という訳ではなさそうだ。

 あっという間にめり込んだ大地から抜け出し、気怠げに衣類に付いた土埃を払い落とし始めている。


 「クソッ!コケにしやがって!──カシャ!アマト!力をよこせ!!」

 「はいはい」

 「人使いがほんと荒いんだから……」


 カシャと呼ばれた男が炎魔法を、アマトと呼ばれた男が強化魔法をそれぞれモグリの巨腕に付与する。


 「大口を叩いていられるのもッ、今のうちだけだ!『爆炎巨腕プロメテウス』ッ!!」

 炎を纏った巨大な一撃が、容赦なくネーヴを襲う。だが────

 


 「凍てつき震えろ」

 一瞬にして彼女の魔力が高まるのを感じた。

 次の瞬間、自身を叩きつけた巨腕を一瞬にして掴んだかと思うと、炎を凌駕する勢いで、次第にその腕が凍り始めた。


 「──お前、なんだそれはァ!!くそッ……がぁ!!」

 怒声を上げるも、腕から肩、首、胴体へと、みるみるうちにモグリの全身が凍りついて動かなくなっていく。

 

 「『凍撃スノウインパクト』!」

 

 ネーヴは掴んだ腕と逆側の腕に白き氷を纏わせ振り抜き、それを瞬く間に粉砕した。


 「──────!!」

 三人いたうちの一人の異世界人は氷ごと砕かれ、悲鳴をあげる余裕もなくあっという間に死んだ。


 その体は残ることなく塵となって次第に光となって消滅していった。


 私はこの時、異世界人が初めて死ぬ瞬間を目撃した。後で知った話によると、どうやら異世界人絡みで死んだ者は、土に還るのではなく光となって消え、天に還るらしい。証拠隠滅か何かのための女神の創造した仕様なのだろうか。なんとも不思議なものだ。


 他の二人は仲間がやられたことに呆気にとられ、固まっていた。もちろん私も同じような顔をしていた。それくらい、目の前の光景が信じられなかった。

 数ヶ月前に突如現れてからというもの、都市メトリヴィルを荒らしてきたうちの一人。当時都市で、最高クラスの強さを誇っていたパーティーですら、その力の前にあっけなく敗北し、以来誰も逆らえなくなった。それをいとも簡単に倒した目の前の龍人は一体何者だというのか。



 「──っ!火炎流星弾フラムスターダスト!!」

 だがすぐさまカシャが炎魔法を唱えた。流星のように獄炎の弾丸が空へと放たれ、曲線を描いてネーヴを襲う。見るからにやはり火力がおかしい。そこらへんの魔法使いを軽く凌駕している。



 「炎龍斬えんりゅうざん!!!!氷は炎に勝てないのがこの世の理だァッ!!」

 先程私の剣をいとも容易く打ち破ったアマトは真正面から炎を纏った剣をネーヴ目掛けて振りかざす。おそらくこいつは剣技系か炎系の天恵でも持っているのだろうか。並の防御魔法や盾なら防ぎきれないような威力の焔を纏った鋭い炎剣が、ネーヴに襲いかかる。


 


 「────滑稽な」

 けれども、彼女は静かにそう呟いた。


 「今から面白いものを見せてやろう、もっと下がってな」

 続けて、私の方をはっきり見てそう告げた。その顔は戦いの最中にも関わらず何故か満面の笑みを浮かべていた。私にはその意味が分からなかった。



 刹那、濃い冷気が辺り一帯を漂い始める。同じくして、彼女の魔力は離れた距離からでも分かる程度に膨れ上がっていた。


 少し遅くして、炎魔法が上空から、豪炎を纏った剣が真正面から襲いかかる。



 「『氷雪六花ひょうせつりっか絶翔ぜっしょう』」

 そして彼女は身体を屈ませ、氷を纏う手を静かに大地へと伸ばした。



 次の瞬間、彼女が顔を上げたのと同時に、思わず顔を背けてしまうほどの恐ろしい冷気が辺り一帯を薙いでいく。


 ギシャァァァァァーーーン!!!!


 大きな音に驚き恐る恐る目を開けたが、私は最初何が起こっているのか全く分からなかった。炎魔法はおろか、炎剣すらも全て凍りついてしまっていた。もちろん異世界人もろとも。辺り一面は氷に包まれ、まるでそこだけ銀世界を切り取ったかのような空間が出来上がっていた。



 「私の天恵は『絶対零度ゼロホワイト』──氷属性なら、誰にも負けはしないさ」

 何もかも凍てついた世界で、彼女は振り向いて笑顔を綻ばせながらそう言った。


 

 凍結された二人の異世界人が消滅するのに時間はかかることなく、私はそれを見つつもしばらく唖然としたまま立ち尽くしていた。


 

 

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