第3話 異世界人
「おいおい、なんか廃墟の方で声がすると思ったら、二人も出てきたじゃねぇか」
「巡回中にこれはラッキー。こんな僻地じゃ誰も来ないしな」
「片方は龍族か?ボロボロに見えるが関係ねぇ、あれは高値で売れるだろうよ。それに、銀髪の方は────」
底意地の悪い笑みに、悪意に満ちた目。何度か都市内で見たことのある顔だった。あれはおそらく、都市メトリヴィルを仕切っていた異世界人で間違い無いだろう。
「──っ!!」
私はネーヴの手を引っ張って全速力で走り出す。あんな奴らとやり合う余裕なんてものはない。逃げるにせよ、転移結晶を安全に使うためには少しでも距離が必要だ。
「おいおい、いきなりどうしたっ?」
「詳しくは後!!走って!!」
戸惑いを隠せない彼女の腕を無理やり引っ張って、私は出来るだけ人気のないこの廃墟から離れようと走る。
「そんなにヤバい奴らなのかよ?」
「……はぁ」
仕方なく、走りながら手早く彼女に説明をする。
彼ら異世界人は基本集団を成している。そして各々が強力な『能力』を持っている。だから、少なくとも人数で負けている時はむやみに刺激したり攻撃しないこと。もし勝てたとしても、さらに上の奴らに情報が伝われば、逃げ切れる保証はないということ。
そして彼らは、願いを叶える果実を探していて、時には手段を選ばないということ。
「本当にまずいから、お願い、走って」
私の言葉は真実なのだと、分かってもらうために彼女の蒼い瞳を見つめながら、話す。
「……?ただの野盗にしか見えないぞ?」
けれどもこの龍人にはどうやら理解できなかったらしい。
「……あいつらは、私たちの住む都市をよく巡回してる異世界人!見回りと言いながら、反抗しない人がいないのを良くして問題を起こしまくっているの!」
必要以上に走りながら喋ってしまったからか、それとも全力を出しすぎてしまったからか、数分走った所で、ついに足を止め、ハァハァと手を膝に着きながら肩で息をしてしまう。
「誰も反抗出来ないのか?」
彼女はやはり分からないといった表情で小首をかしげ、私に疑問を投げかけてくる。
「……あいつらを倒したら、更に強い奴らが降りてくるから。そいつらがもっと極悪人だったら、都市なんて一日で崩壊しちゃう」
「ほぅ?ではそいつらもまとめて蹴散らしてしまえば良いのでは?」
「……さっきの話、聞いてた??」
呆れてしまった。この龍人、何を考えているかすらさっぱりだ。
「力を恐れて誰も刃向かおうとしないのだろう?何事もやってみなければ分からないはずだぞ?」
「もうすでに何人もやられてる!!
それに、こんなところで死んだら何もかもおしまい……私の願いだって…………!!」
思わず感情が強く出てしまう。
いくら強くても、力や財力を持っていても、死んでしまったら終わりなのだ。蘇らせる手段がない限りは。
「残念ながらお嬢さん方」
「お遊びはここまでだ」
「袋の鼠だな、ははっ」
不気味に笑う異世界人。
気がつくと、私たちは囲まれていた。さっきまであったはずの道は、いつのまにか地面から突き出た大岩で塞がれてしまっている。
三体二。しかも彼女にいたってはまだ身体が回復しきっていないはずだ。いくら力が強くとも、相手は異世界人、それも、三人。
私一人の力で凌ぎ切るしか、ない。
「『
覚悟を決めた私は、一瞬にして空中で生成した鋭く尖った氷の槍を数発ずつ、男たちに向かって放つ。
「『
間髪入れずに風魔法の力を借り自身の速度を上げ、真ん中に立つ男へ一瞬で距離を詰める。
「『
風の力を纏ったたまま高速で腰の短剣を抜き、二度振り抜く。だが────
「魔法による時間差攻撃で数の有利に対抗しようって話か……でも、異世界人相手には少々威力が足りないなぁ?」
────ガチン!!
二発目の剣は振り抜けなかった。
涼しげな顔で真ん中の男は剣を受け止め、魔法は後ろの男が張った防御魔法によって簡単に防がれている。
「俺らのリーダーは剣の達人でな、それはまぁ、弄ばれたもんだ。それに比べれば……」
パリンと護身用の剣が軽く弾き飛ばされ、渾身の魔法もあっけなく防がれてしまった。
その光景を見て異世界人は嘲笑する。敵わないと分かっていても歯向かう私の姿は、さぞ滑稽に見えたことだろう。
「死なない程度にしろよ?」
「分かってますって、『
残った男がこちらへ向けて黒い炎魔法を数発放ってきた。
「っ!『
咄嗟に防御壁を展開する。しかし、一瞬で作り上げられる防御魔法なんて、たかが知れている。
────バリン!
「きゃっ!!」
防御魔法で威力自体は多少相殺できたものの、威力が強く吹き飛ばされ無様に転がってしまう。
黒煙と土埃が舞う中、どうにか体勢を整える。だが、足がすくみ、動けなくなる。どうやっても今の自分の実力では敵わない……。耐え難い恐怖。一歩ずつ死の足跡が迫ってくる。殺される。自然と恐怖で顔が歪んでいくのを感じる。
何をするか分からないのが異世界人。下手すれば殺されるよりももっと惨いことをされるかもしれない。
「……こんな……はずじゃ……」
歯を食いしばり、立ち上がる。
目の前には、私を馬鹿にしたような表情を浮かべる異世界人。
けれど、これ以上自分のせいで誰かが傷つくのは嫌だった。それがついさっき出会ってほんの数分喋っただけの人物だとしても────。
「『
光魔法を使ったただの目眩し。今の時代にもうこんな魔法を使う人なんていないだろう。
「うわっ!!何しやがった!!!」
近距離での効果は抜群だった。
三人とも、目を押さえて距離を取り、即座に防御魔法を展開している。やはり、抜け目がない。
「今のうちに!!貴女だけでも、逃げて──!」
逃げる絶好の機会に、彼女だけでも逃げてもらおうと咄嗟に振り向く。だが────
「……ありがとうレネ、お前が時間を稼いでくれたおかげで魔力がだいぶ回復した。それに、異世界人に勝てないなんて、何事もやってみなければ、分からないだろう?」
見るからに劣勢……であるにも関わらず、彼女は逃げる素振りすら見せなかった。むしろ、その顔には好戦的な笑みが溢れていた。
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