第1話 不可思議な雨
この世界は、元々魔王に支配されつつあった。
だがある日から、魔王に対抗すべく強力な力を持った異世界人が召喚されるようになった。その結果、強大すぎる力を持つ魔王は無事倒された。
しかし、持て余す力を持った彼らが全て善人であるとは限らなかった。次第にそれぞれの大陸は、強力な能力を持つ異世界人の手中に収められつつあった。
そしていつの日か一部の異世界人は、とあるものを求めて各地を巡るようになっていった。
どんな願いを叶えるという果実、トピア。
これがあれば元の世界に帰れることができる……そんなふうに神々から発破をかけられたのかは定かではないが、その果実の情報が出回ってからというもの、日に日に争いは激しさを増していった。
そもそもこの実自体が実在するかも定かではないというのに。
けれどその情報は、たとえ夢物語だとしても、翼を失った私を再び突き動かす原動力には充分すぎた。
グラナド大陸。六大陸の最北部に位置するこの地は、様々な種族が平和に暮らす、魔族侵攻の被害を一番受けなかった場所だ。
そして、私は、この大陸一番の大都市、メトリヴィルに住んでいる。
……というか、宿屋の空き部屋を借りて住まわせてもらっているという言い方が正しいだろう。
出かける前に鏡の前に立ち、普段通り身なりを整える。
かつて髪色から準えて銀翼と呼ばれていたように、まるで月光を映したかのような煌々しい銀髪。……以前は腰くらいまで伸びていたが生活のために肩まで切り、物好きな好事家に売った。瑠璃色の瞳はかつて絶望に打ちひしがれていた頃よりもだいぶマシになってきてはいる。姉譲りの白く艶やかな身体も普段と変わりなさそうだ。
衣類等を着替え、最後にフード付きの白銀のローブを上から羽織い、部屋を出ようとする。
(……しまった、アレを付けるのを忘れていた)
姉さんから貰った形見のネックレス。綺麗な琥珀色は未だ色褪せることなく、微々たる魔力を放つそれは、かなり貴重な
「────いい?もし私がいなくなったら、それを肌身離さず持ってなさい」
渡された時に言われたその言葉は、まるで暗示の如く強烈に残っている。
慌てて戻り、引き出しから取り出して、身につける。なんだか普段よりも琥珀色が綺麗に輝いているような気がした。
……よし、他は問題なさそうだ。
「行ってきます」
返事はない。この宿屋を営むあの人は朝から料理に忙しいのだろう。それに、客は食事や談笑に夢中で誰も私のことなんて気にしない。
今日も今日とて情報収集、ないし金銭を稼ぐためにギルドを訪れる。様々な情報や依頼が集まるこの場所は、冒険者にとっては必須の場所だ。
いつも通りフードを深めに被り、中へ入る。目立つ髪色をあまり目立たせないような白に近いローブを着ていても、さすがに何度も訪れていれば格好や顔までも覚えられてしまうのだろうか。宿屋を出る時とは打って変わって、一斉にこちらに視線が向く。そのどれもは決して良いものばかりではない。むしろ、悪いものばかりだ。
「またあの子か、懲りないねまったく……」
「あの有名なパーティー【轟く聖剣】が全員死んだって言うのに、どうしてあいつだけ……」
「何か隠してるんだろ、きっと」
「あれだろ?連戦連敗の疫病神ってのは──」
「おい、思ったより可愛い体つきしてんじゃねぇか、これなら────」
「やめとけ、あれでも天才と呼ばれた金翼の妹だぞ?お前なんて本気を出せば一捻りだろうよ、はははっ!」
「それにこの街で変なことをすれば、魔女に食い殺されるって話だからな、変な気を起こすのはやめときな」
「そ、そうか……」
毎度のごとく、いたるところからコソコソと陰口を叩かれたり嘲笑されたり、様々な罵詈雑言を一切無視しながら、私は依頼や情報の載っている掲示板へと足を運ぶ。
私としては、正直こんなところに好んで来たい訳ではない。けれど、私が成し遂げると決めた、姉の仇敵への復讐への手がかりを得るには地道にこうしていくしかない。加えて、現時点で姉さんを蘇らせることができるとすれば、あの果実しかなく、必然的に情報収集が鍵となってくる。
それに、言われる原因は全て私自身にあるのだから。仕方なのないことだと割り切ってからは、もう何も感じなくなっていた。
その記事はすぐに目に留まった。
『メトリヴィル東部・元収監施設付近にて奇妙な色の雨を観測。心当たりのある方の情報提供はこちらまで────』
私の数少ない過去の記憶。その中でも色濃く残っているのが、桜色の雨。姉さんが死んだ時に降っていた雨は、明らかに普通のものではない、ピンク色のものだった。おそらく、異能の力が原因だろう。
ついに、手がかりに繋がりそうな情報を見つけた。私の姉を奪った、異世界人のうちの一人の情報かもしれない。
この機を逃すわけにはいかないと思った私は、場所を再度確認し、一目散にギルドを後にする。
メトリヴィル東部。そこは、かつて囚人達を収監していた施設がある。だが数ヶ月前の異世界人との抗争で廃墟になったらしく、今は使われていないはずの場所。
そんな所に、普通の人間ならば立ち寄る理由はないはずだ。
転移結晶を使い、最寄りのワープポイントまで移動する。これは元々この世界にあった魔法と善良な異世界人の力の融合によって出来たものだ。こればかりは彼らに感謝しなくてはならないだろう。
目的の場所に到達したものの、雨は降っていなかった。しばらく付近を歩いてみるものの、ほんの少し濁った水溜りが見られるだけであった。
情報が間違っていたのか、それとも来るのが遅すぎたのか。肩を落とし、帰路に着こうかと思っていたとき、廃墟の方から金属の擦れるような音が聞こえた。
それは、一度や二度ではなく、何度も。加えて、途中で一度声のようなものもうっすらと聞こえた。
異世界人────もしくは何か得体の知れないものが潜んでいるかもしれない。
万が一のために身の回りに防御魔法を施した私は、ほんのわずかな希望を胸に、今はもう使われていないはずの廃墟へと足を踏み入れた。
収監施設は流石にもう使われていないだけあって、どこもかしこも薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせている。
内部は複雑な構造をしており、加えて壁にヒビや亀裂がいたるところに入っていたので、いつ全壊してもおかしくないと思えるほど。
想像以上に広く、おまけに建物が崩壊気味なこともあって、正規ルートなんてものは存在しなかった。けれど、闇雲にでも歩みを進めるたびに、少しずつ金属音の音が近づいていく気がした。
音を頼りにしばらく進むと、それまでとかなり雰囲気の変わった空間に出た。おそらく最奥部にでも着いてしまったのだろう。
特別な収監場所か何かだろうか、牢の一つ一つが先程までよりも大きい。おまけに造りが特別丈夫なのだろうか、まるでつい最近まで使用されていたと思える程には綺麗だった。
「…………おいそこの奴、止まれ」
「ひっ!?」
仄暗い通路を歩いていると、ひどく睨みを聞かせたような声で不意に呼び止められ、思わず変な声が出てしまった。
そこには、鎖に繋がれた一人の女性がいた。
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