朽ちた銀翼の再生譚

神白ジュン

1章 旅立ち

プロローグ

 「──私たち二人が揃えば無敵なんだから!!」




 かつてそう言っていた姉は、既にもうこの世にはいない。


 ふとした時に思い出すこの言葉は、私の中にある数少ない姉の記憶の一つだった。

 



 ────およそ一年前、私たちは異界から来た人間に敗北した。



 桜色に染まった雨に包まれて、無様に横たわる姉を軽蔑した目で見つめる異世界人。無敗を誇っていた姉妹も、超常的な能力の前には無力だった。

 私は光に消えゆく姉の亡骸をただただ呆然と見つめることしかできなかった。


 あまりの絶望に打ちひしがれてしまったせいだろうか、姉に対しても、異世界人に対しても、何も言葉が出てこなかった。


 私の心は、その瞬間からヒビが入って止まってしまったまま。

 

 

 残されたのはいくつかの謎。何故異世界人はこの大陸を侵略し始めたのか。なぜ私たちを狙い、姉さんを殺したのか。そして、仕留めようとすれば容易だったはずなのに、なぜ私は生かされたのか。私の能力では何も一人では出来ないと完全に思われていたのだろうか。

 

 ……記憶を思い出そうとしても何も思い出せない。バラバラに砕けたパズルがほんの一部だけを残して、全て塵になって消えたように。


 ……本当に色々と、大事な物を失ってしまった気がするというのに。




 ──────────────────────



 「──また…………」

 私が得意とする強化魔法は三度失敗に終わった。

 攻撃魔法よりも補助魔法が得意な私は、基本的に後衛で仲間のサポート役を担っていた。

 だがいつしか本来使えたはずの力が使えなくなっていた。私の今の強化魔法は、かつて姉さんと組んでいた頃と比べて半分にすら満たない弱さの強化しか、仲間に対して施せなかったのだ。



 「大技が来るっ!逃げ────!」


 せめてもと声を出して危機を知らせる。

 だが刹那、轟音と共に砂煙が舞い上がり悲鳴のような何かをかき消していく。

 


 ────遅かった。即席で組んだ仲間たちはこの迷宮の主の攻撃によって血痕を残し、それ以外は跡形もなく消し飛ばされていた。



 「……また、私だけ……」

 膝から崩れ落ちた私に追い打ちをかけるように、絶望が私の心さえも飲み込もうとする。



 いや、まだ一人だけ、立っていた。私をこのパーティーに誘ってくれたリーダーだ。



 「────あの強化魔法の使い手で有名なレネちゃんが仲間なら心強い!過去の失敗なんてどうでも良いから、ぜひうちのパーティーに協力してくれないか!?」

 少し前にそう誘われた。その時は嬉しくて、喜んで返事をしてしまった。姉さんを失い、一人になった後は、実績のおかげでいくつかのパーティーに誘われた。けれども、その殆どが私の能力を信じたせいで壊滅してしまった。

 


 ────そんな私でもまた、誰かの力になれると思ったから。


 


 「──あんたの力を信じた俺が馬鹿だった」


 振り向きざまに絶望と憎悪の表情と共にその言葉を私に向かって投げ捨てた刹那、彼は魔物の攻撃でいとも簡単に消し飛ばされた。



 あぁ、また私のせいで。


 もう目の前で誰かが死ぬのは見たくない。



 裏切られてダンジョンの最奥に置いていかれたり、街の裏路地で野盗や荒くれに何度も襲われ殺されかけたりしたこともある。


 けれど何よりも耐えられないのは、自分のせいで他人が死んでしまうことだった。


 ドス黒い絶望が私を支配していき、ついに隙間なく真っ黒に塗り潰された。。それはまるで、心身を永久凍土にでも幽閉されてしまうかのような感覚だった。


 何かを失って痛みを得るくらいなら、いっそのこと──────





 ──────そうだ、二度とパーティーなんか組まなきゃ良い。


 ────誰も信用せず、誰からも信用されなければ良い。そうすればいずれ、近づいてくる人もいなくなるだろう。私はもう、一人でいい。


 この力は他人にしか使えないけど、またそうして誰かが私のせいで犠牲になってしまうよりは、よっぽどマシだから。



 もはや私の頭と心に、正常な判断や思考をする力は微塵も残っていなかった。


 この日から、私は他人を信用することを完全に辞めた。


 



 今ここで死んでもいい……そうも思ったが、結局私は怖気付いてしまい、気づけばただひたすらに走っていた。他人の死を目の当たりにして、私は惑い、嘆き、恐怖に陥り、仲間の骸を置いて逃げたのだ。残ったとしても私の力ではもうどうにもならないのだからという理由を立て付けて。

 

 どこまで逃げたかすらも分からなった。だが、気がつくとダンジョンの魔物はもう追ってきていなかった。


 森まで出た。風が吹いていないことがより一層不気味さを醸し出している。

 降りしきる雨は、容赦なく私の全身から体温を奪っていく。

 脚力が限界に達し、唐突に膝から容赦なく地面に叩きつけられてしまう。

 

 恐怖からの一時的開放により、いっそのこともうここで死んでも良いとすら思えてしまった。


 というか、早く死なせてほしい──そう思ってしまうくらい、私の心は既に弱りきっていた。

 


 なぜ、私は生きているのだろう。役立たずな自分なんかじゃなく、姉さんが生きていてくれればと、何度思ったことか。



 「……姉さん……会いたいよ…………」

 

 意識が微睡の中に落ちていく。


 

 



 …………気がつくと真っ先に目に入るのは見慣れた天井。ベッドの上。



 「…………また、やってしまった…………」

 通りがかりの誰かが助けてくれたのだろうか。

 おそらく仲間は皆死んでしまったが、また私だけ生き残ってしまった。


 これで、三回目。

 



 

 かつて姉と組んでいた頃、私たちは最強の姉妹だと呼ばれた。

 縦横無尽に駆け回り敵を蹂躙していくその姿と髪色に準えて、姉と私はそれぞれ金翼、銀翼と呼ばれることもあった。


 でも、もう姉さんはいない。

 私が強かったんじゃなくて、ただ、姉さんが強かっただけ。



 姉の死後、私が組んだパーティーは連戦連敗。

 


 そして、いつしか私についたあだ名は────

 

 

 


 ────




 

 

 

 

 


 


 



 

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