第16話 16

 お母さんが不機嫌そうに答えた。なんで何もないの? 買い物に行ってたんじゃないの?

「あ、響くん、ケーキ買ってきたんだけど食べる?」

 普段よりも二オクターブぐらい高い声で、お母さんが響くんに声をかけた。

「え?」

 お母さん、今なにもないって言わなかった? ケーキって何?

「いただきます」

 響くんを見ると、爽やかな王子様スマイルを浮かべてた。

「お母さん、私も食べる」

「鈴の分はないわよ」

 普段と同じ高さの声で、お母さんが答えた。なんで、そんなに声の高さが違うんだろ。

「なんで?」

「お客さんの分しか買ってこなかったもの」

 えー、そんなの酷い……。私だってケーキ食べたいのに。

「じゃあ、響くん、ケーキ食べましょう」

 酷いよお母さん……。娘よりも、そんな訳の分からない人の方が大切なの?

「ありがとうございます。すぐに行きます」

 響くんが爽やかに答えると、お母さんは部屋のドアを閉めた。

「さて」

 響くんがそう言いながら、ベッドから立ち上がった。それを見て、思わず身構えてしまった。響くんが、意地悪そうな笑みを浮かべて顔を近づけてきた。ダメ! その顔を見たら、ふらーってしちゃうんだから。そう思い、思わず目を瞑る。

「何? 誘ってんの?」

 へ? 誘ってるって何? 響くんの言葉に、思わず目を開けた。

「うひゃっ」

 目の前に響くんの顔があって、思わず変な声を出してしまった。響くんが、さらに意地悪そうな顔をする。

「どうせなら、さっきみたいな声を出せよ」

 さ、さっきみたいな声って何ですか? 響くんが近づいてくる。

「あ、あの……、ケーキは?」

 思わずさっきの事を思い出し、口にする。「じゃあ、食った後に続きだな」

 響くんが即答する。続きって、何する気なんですか? 

 目の前から響くんの顔が離れると、今度は響くんの手が差し出された。何これ、つかまれってこと? 差し出された手を掴むと、思いっきり引っ張られた。痛いよ! 何すんの!

 文句を言おうと思ったら、口を塞がれてしまって言えなかった。今日、何度目のキスなんだろ……。もう覚えてないのが悲しい。

「続きは、後でゆっくりとしてやる」

 だから続きって何? 聞きたいけど、怖くて聞けない。

 響くんは、ドアへ向かって歩き出した。私がその場に立ち尽くしていると、響くんはこっちを見た。

「いくぞ」

 え? 私も行くの? だって、私の分のケーキはないって言ってたよ。

「早くしろ」

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