第5話  5

 それが無いと、ほとんど見えないんです。せっかくの王子様のお顔が見えないので、私は手を伸ばしてメガネを取り返そうとした。でもメガネを掴むことは出来ず、逆に伸ばした手を捕まれちゃった。王子様、細いのに結構、力強いんだな。なんて考えていると、ぼやけた視界を塞ぐように、大きな影が迫ってきた。

 そして私の唇に何か柔らかいものが押し付けられたんだけど、何? これなんなの? 私、何されてるの? すぐに、歯を割って何かが口の中に進入してきた。もしかして、これは舌? ってことは、もしかしなくても私キスされてるってこと?

 そんなー! ファーストキスもまだなのに、なんでいきなりこうなっちゃうわけー!? ってか、私のファーストキス返してよ! いくら王子様だからって、こんないきなりなんてのは……。

 一応、乙女としては夢があったわけですよ……。ロマンチックに夕暮れの砂浜とか、バラの花が咲き乱れるお庭とか、それは無理でも、せめて彼氏の部屋でとか……。

 現実逃避している間に、唇が開放されて、私はその場に力なく座り込んでしまった。

「芳野 鈴、お前は今から俺のものだ」

 へ? 俺のもの? 私は、手渡されたメガネをかけると、目の前に立ちふさがる人影を見上げた。

 そこにいたのは、残虐非道を絵に描いたような笑みを浮かべた、それはもう超美形の魔王様でした。

「ちなみに、お前に拒否権はない」

 超絶美形でな人って、魔王様スマイルも似合うのね……って、思わずうっとりしていたらついつい頷いちゃった……。というか、俺のものってどういうこと?

「あのー、俺のものって?」

 魔王様が私の前にしゃがみ込んだ。超絶美形の魔王様だと、ヤンキー座りも優雅なのね……。

「俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの。だろ?」

 いや、それは違うんじゃ……。なんて言ったら今度は何されるか分かんないし、思わず下を向いてしまう。

「えっとぉ、西園寺くん?」

「西園寺さまと呼べ。と言いたい所だが、付き合ってるのにそれは変だから、名前で呼ぶのを許してやる」

 へっ? 今なんと言いました? 意味がよく分からず、思わず顔を上げて目の前の端正な顔をまじまじと見てしまった。

「あー。義理や社交上の必要に迫られて相手にあわせる」

 混乱のせいか、自分でも何を言ってるんだか状態だよ。

「お前、何言ってんの?」

「え? 付き合うの意味」

 魔王様が一瞬、凍った後、笑い出してしまいました。

「鈴。お前、面白すぎ」

 あー、いや、そんなに面白かったのかな……?

「今の面白かったから、もう一度キスしてやるよ」

 キス……? あれ、そういえばさっき……。

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