第21話 聖女の治癒魔法ヒール

 お店へ戻ることになり、イベリスは変装をして城を出た。城内ではさすがに皇帝であるとバレるかららしい。

 隠し通路を使い、無事にポインセチア城を抜け出した。

 まさか、あんな通路があるなんて……。


 途中でゼフィランサスに乗り移動をした。

 あっという間に到着。


 お店の中へ向かうと、マーガレットが気づいて歩み寄ってきた。


「おかえりなさいませ、アザレア様。それとイベリス様!」

「心配してくれていたのですね」

「もちろんです。それに、あの時は言えなくて申し訳なかったのです」


 あ、そっか……。マーガレットはきっと気づいていたんだ。イベリスが“皇帝陛下”であることを。多分、どこかで会っていたのかもしれない。


「気にする必要はないですよ。これからも変わりなく、お店をやっていきますから」

「それを聞けて安心しました」


 ホッとするマーガレット。

 心配させた分、がんばらなきゃね。


「私からも謝らせてください。マーガレットさん、申し訳ない」

「い、いえいえ! 恐れ多いです!」

「いや、皇帝だとか関係ないですよ。だから、ご心配かけてすみませんでした」

「うぅ、どう反応いていいやらです」


 マーガレットはとにかく困っていた。そんな状況がおかしく映って、わたしもイベリスも笑うしかなかった。

 笑い合っていると、いつもの空気に戻っていた。そうそう、こんな風に普段と変わらないお店であればいいんだから。


 気を取り直して、わたしは体力回復ポーションと魔力回復ポーションの製造を進めていく。もちろん、マーガレットの力も借りて。


「私も手伝わせてください、アザレアさん」

「イベリスさんは、ゼフィちゃんにご飯をあげてください」

「それだけです?」

「それだけです! 今日のところはお休みください」


 一瞬困った顔をするイベリス。けれど、素直に応じてくれた。


「分かりました。お言葉に甘えてそうさせていただきますね」


 これでいい。

 最近のイベリスは疲れているように見えたし、だいぶ無茶をしているようにも感じた。だから、今はなるべく休んでもらう。

 その分、わたしががんばる。


「今日も徹夜でいきますよ、マーガレットさん」

「ええ~! こ、今晩もですか……うぅ、がんばりますぅ」


 こっちは多少無茶をしてでも生産量を増やさないと。お客さまに満足してもらうためにも。


 ――そうして、わたしはポーションをたくさん作り上げていく。マーガレットのサポートも受けながら。


 時間を忘れて製造していると、立ちくらみを覚えた。


「…………う」

「だ、大丈夫ですか!? アザレア様、顔色が悪いですよ!?」

「ちょっと気分がすぐれないかもです」

「そういえば、ずっと休憩していないんですよね。無茶しすぎです! 少しは休んでください」


 マーガレットから怒られた。

 でも、それでも、わたしはポーションを作り続けた。お店の為に、イベリスとゼフィランサスのために、そして新しい従業員であるマーガレットのためにも。


 けれど、わたしはポーション瓶を落としてしまった。


 パリンと割れ――同時に、わたしは脱力して倒れた。


「……あぅ」


 あれ、おかしいな。

 体が言うことを聞かない。


「アザレア様!! これは大変。すごい熱ですよ!」


 その後は覚えていなかった。

 意識が遠のいて――あれ。そうでもなかった。不思議と意識が戻ってきた。どうして?


「なんだか、体が楽になったような」

「ヒール! ヒール! ヒール! ヒール! ヒール!」

「って、マーガレットさん! 何度ヒールするんですかぁ!?」

「何度でもです!」


 何度もヒールされ、どうやらわたしは体調が回復したらしい。そっか、聖女の治癒魔法だ。奇跡の力とも呼ばれている万能の回復スキル。ポーションに欲しい回復力だなぁ……なんて呑気に思っている場合じゃなかった。


「あの、マーガレットさん。もう平気ですよ。ものすごく疲れが取れましたし」

「そ……それは……よかった……です」


 パタリと今度はマーガレットさんが倒れた。


「きゃああああああ!! マーガレットさん!!」


 叫ぶとイベリスが何事かと工房アトリエに入ってきた。わたしは事情を説明した。自分が倒れてマーガレットからヒールしてもらったこと。その後、彼女が倒れてしまったことを。


「こ、これは……」

「なんです!?」

「ただの“魔力切れ”ですね」

「へ……」

「体調は問題ないですから、一時的な硬直状態に陥っているだけですね」

「そ、そうなんですね」


 魔力がゼロになると少しの間、動けなくなるらしい。知らなかった!


 わたしは作ったばかりの魔力回復ポーションをマーガレットに飲ませた。すると、一瞬で回復して動けるようになった。えぇ……それでいいんだ。


「あ、ありがとうございます。おかげさまで動けるようになりました! 凄い、しかも、この魔力回復ポーションはかなり回復するのですね!」


 感激するマーガレット。

 よかった、元気そう。


「アザレアさん、無茶はいけませんよ」

「……うぅ、ごめんなさい。イベリスさん」


 当然だけど怒られてしまった。

 反省しているとイベリスはわたしの体を支え、持ち上げた。……え。ええッ!? こ、これっていわゆるお姫様抱っこよね。


 突然のことに動揺しかない、わたし。


「これは無茶をした罰ですよ」

「あのあの……マーガレットさんが見ていますけど……!?」

「関係ありません。今すぐ寝ましょう」


 マーガレットを置いて、わたしはお姫様抱っこされて連れていかれる。


 ああああぁぁぁぁ……幸せすぎるぅぅぅぅ!!!


 両手で顔を覆いたくなるほど幸せすぎた。心臓もドキドキして、今にも死んでしまいそう。


 わたしの部屋に入ると、イベリスはベッドに寝かせてくれた。


「まだ作業が……」

「残りのポーションは、私が作っておきます。アザレアさんは休んでください」

「そんな、わたしよりもイベリスさんの方がお疲れでしょう」

「大丈夫です。これでも一週間寝ずにポーションの研究をしていたこともありますから」


 そ、そんな無茶をしていたこともあったんだ。


「では、せめて少しの間だけ一緒にいてください」

「分かりました。アザレアさんのおそばに」


 手を握って優しい笑みで見つめてくれるイベリス。彼がいれば、わたしは何もいらない。

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