第20話 ポインセチア城にて

 お風呂から上がり、リビングへ向かう。

 良い匂いがして期待が高まった。


「ちょうどお料理ができました。アザレア様、どうぞお席に」

「ありがとうございます、マーガレットさん」


 テーブルには『カリー』が。

 銀のお皿に盛りつけられていて、ご飯の上に土色をしたものがかけられている。へえ、これは不思議。

 席に着き、スプーンを手に取る。


 さっそく口へ運ぶと少し辛さを感じた。でも、とても美味しい。ご飯とよく合う。気づけば、わたしは夢中になって食べていた。


「アザレア様、カリーの方いかがですか?」

「スパイスが効いていてとても美味しいです。ジャガイモなど野菜もたっぷりなのですね」

「ええ、他にもタマネギやニンジンなども使っています。栄養バランスも考えられているんですよ~」


 子供にも人気が出そう。

 この料理はわたしも覚えたいと思った。自分の手でイベリスに食べさせたい。


「あの、マーガレットさん。今度でいいのでカリーの作り方を教えていただけませんか?」

「もちろんですよ~! いつでもおっしゃってください」


 約束をして、わたしは残りのカリーを味わった。

 楽しい食事を終え、マーガレットの淹れてくれた紅茶を楽しむ。そうだ、そろそろマーガレットに言わなければならないことがある。


「ちょっといいですか」

「どうされましたか、アザレア様?」

「実は、イベリスさんから手紙を受け取りました」

「手紙、ですか?」

「はい。彼は今、ポインセチア城にいるみたいです。陛下に呼ばれたのだとか」

「陛下に!? それは……なるほど、そういうことなのですね」

「? マーガレットさん、なにか知っているのですか?」

「いえ、なんでもありません。少なくとも、わたくしは同行しない方がよさそうですね」


 席を立つマーガレット。発言に何か引っかかった。どういう意味だろう。同行しない方がいいって意味も分からないし。

 できれば一緒に来て欲しいと思ったけれど。


 呼び止めてもマーガレットは、遠慮しておきますとキッチンへ行ってしまった。



「……いったい何を隠しているの?」



 ポインセチア城へ向かえば分かるのかな。

 ひとりでちょっと不安だけど、行ってみるしかない。


 お店をマーガレットに任せ、わたしは街へ繰り出した。夜の街を歩くのは初めて。

 夜間ともなると多少治安は悪化する。

 なのでなるべく露店通りを歩いていく。

 ここの道ならまだ人通りもあるし、帝国騎士の警備の目もある。


 歩いていくと、お城へ続く階段が見えてきた。


 家よりも多くの段数があって大変だけど、これを上がらなきゃ。


 必死に階段をのぼり、ついにお城が見えた。


 わぁ……山のようにとても大きい。

 いつも遠くから見えていたけど、間近で見ると迫力があった。警備も厳重で騎士が多く常駐している。


 ぼうっとしていると騎士が向かって来た。



「貴様、何者だ」

「あ、あの……わたしは宮廷錬金術師のアザレアです。アザレア・グラジオラスです。一応、辺境伯の娘ですが……」


「アザレア……さま? こ、こ、これは大変失礼を!! 非礼をお詫びいたします」


 ぺこぺこ何度も謝る騎士。

 わたしの名前を聞いた途端に態度が豹変した。こんなに、かしこまって……どういうこと? しかもお城の中へ案内してくれるみたい。


「あの、騎士さん。わたしはイベリスさんに会いたいのですが。この手紙をもらったんです」

「手紙ですか。少し拝見……ふむ、これは! 分かりました。こ、こちらへ……」


 内容に目を通した騎士の顔は明らかに緊張に変わっていた。しかも震えている? え、なんでそんなにブルブル震えているの?

 イベリスってそんなに怖い人だっけ。


 お城の中は、明るくて舞踏会のように煌びやかだった。レッドカーペットがどこまでも続いている。絵画や甲冑が並び、美術館みたいな様相だった。凄い……。


 これがお城の中!


 田舎娘だったわたしは、お城まで足を運んだことはなかった。初めての経験に心が躍った。いいなぁ、こんな場所に住めたら楽しいだろうな。


 長い通路を歩き続け、やっと部屋に辿り着いた。

 ここがイベリスにいる部屋かな?


「えっと……」

「案内はここまでとなります。この先はひとりで……」

「あ、はい。分かりました」


 最後まで騎士は震えていた。

 そんなに怯えられると、こっちまで不安になるんですけど!


 ゆっくりと前へ進んでいく。


 部屋に入ると、そこは明らかに広くて威厳のある雰囲気が漂っていた。も、もしかして……陛下の部屋では……?


「よくぞ参られた」


 玉座で足を組む男性。

 金の髪、エメラルドグリーンの瞳、ルビーのピアス、サファイアの指輪、トパーズの首飾り――そして、いつもの優しい笑み。


 あの顔は間違いなかった。



「イベリス……さん。どうして玉座に?」

「手紙に書いてあっただろう。皇帝が君に会いたがっていると」

「え……じゃあ、まさか」

「ああ、私こそポインセチア帝国の第九十九皇帝だよ。クリストファー・イベリス・エヴァンス。そう、つまりイベリスはミドルネームさ」


 ゆっくりと歩いてわたしの前に立つイベリス。いつもの丁寧な言葉ではなく、陛下の言葉でそう言った。そっか……そうだったんだ。


「なぜ教えてくれなかったんですか?」

「騙していたつもりはない。私は身分だとかそういうものに囚われたくなかった。純粋にアザレアさんと話したかったし、接したかった。だから、皇帝であることは秘密にしていた」

「そうだったのですね……」


 驚いた。とても驚いた。

 複雑な気持ちがないわけではない。でも、こうして明かしてくれたことが嬉しい。


「ごめんね、アザレアさん。気分を害したのなら謝罪する」

「いえ! ちょっとビックリしちゃっただけです。そ、その……イベリス様」

「いや、様じゃなくていい。いつものように頼む」

「イベリスさん。わたしはこれから……どうすれば?」

「君の活躍は十分すぎるほど目にした。これから、もっと活動しやすいよう全力でサポートする」


 わたしは首を横に振った。


「イベリスさん、これからも今までと同じようにしてくれませんか?」

「しかし……」

「わたしはイベリスさんがいればそれでいいんです」


 そう伝えるとイベリスは微笑んだ。


「アザレアさんには負けました。私は大馬鹿者ですね」

「そんなことはありません。本当のことを知れて嬉しいです。だから、帰りましょう」

「そうですね、我々のお店へ」


 手をぎゅっと握ってくれるイベリス。嬉しくて泣きそうになったけど、わたしは涙を堪えた――つもりだったけど、雫が頬を伝っていた。


 ……ああ、そうか。わたしはあの生活が気に入っていたんだ。

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